——きままな生活おちついた生活
容器を隔壁で半分に分け、片側を真空にし、他の側に気体を入れておく。隔壁をとり除くと、気体はたちまち膨脹して容器いっぱいに拡がるが、一旦拡がってしまったら、外から手を加えない限り、気体がひとりでにまたもとの半分の部分にもどることはない。
容器全体に拡がったときの方が、気体分子はより広い空間を自由にとびまわれる。つまりそれの占める位置についての可能性がふえる。物理ではこの可能性の大きさすなわち自由さの程度をエントロピーという量ではかる。拡がったときの方がエントロピーが大きいのである。自然に生じる変化は常にエントロピーがふえる方向に向って起こる。つまりエントロピーというものはいつもふえようふえようとするのである。
気体が膨脹しようとする力は、エントロピーが大きくなろうとする力、すなわちエントロピー的な力である。ゴムが縮まろうとする力もそうである。なぜなら、ゴムがピンと伸びている状態では、ゴムを造っている分子が真直に整列しているから、その配列はただ一通りしかないが、縮まった状態では、分子の列は不規則に曲がりくねっていて、その曲がりくねり方にいろんな可能性があるからである。
これに対して、バネが縮まろうとする力は、外見は似ているが、全く違った種類の力である。これはバネを造っている原子が平衡位置にできるだけ近づいてポテンシャルエネルギーを小さくしようとするために生じる力であって、エネルギー的な力とよばれる。物質の平衡状態は、エントロピー的な力とエネルギー的な力のバランスによってきまるのである。
人間も、広い天地に羽を伸ばして、できるだけ自由に放浪したりあばれまわったりしたい、という欲求と、安定した位置におちつき、余分なエネルギーを使わずに静かに暮らそうという欲求の両方をもっている。社会の状態は人間の集まりのもつ、この二つの相反する傾向の均衡によってきまるのであろうか。