——雲とレーザー光線
資源衛星アーツから観測された日本の姿が多数の見事なカラー写真で紹介されている『日本の衛星写真』というすばらしい本がある(一九七四年・朝倉書店刊)。その九九ページに、積丹半島北方海域を覆うおどろくほど規則正しく配列したツブツブの雲の塊の群の写真が出ており、次の一〇〇ページには、これが多分ベナール・セルであろうという説明文がある。
平たい容器に入った液体を下から熱すると、はじめは静止しているが、上と下の温度差がある値に達すると、対流が始まる。この実験を非常に注意深く行うと、液面が蜂の巣のように規則正しく並んだ正六角形の領域にわかれるのが観察できる。この六角形の領域がベナール・セルである。大気中でも同じことが起こってベナール・セルができ、おのおののセルの中心に上昇気流ができていて、そこに雲が発生しているのだろう、というわけである。
ベナール・セルが発生する理由は、最近発展してきた非線型現象の熱力学によって説明することができる。
話は変わるが、レーザー光線というものが近年物理や工学にはなばなしく登場してきたことは御存じの方もあろう。光は原子の中にある電子が高いエネルギーの状態から低いエネルギーの状態へ落ちるときに発生するのだが、電子を人工的に低い状態から高い状態に汲み上げてやると、汲み上げる強さがある一定の値を超したとたんに、普通の光と桁ちがいに強力でかつ位相のそろったレーザー光が発生するのである。
温度差または汲み上げの強さが一定の値を超えると突然として発生する点が似ているとはいえ、ベナール・セルとレーザー光とはまったくちがった現象のように思われる。しかし最近の研究によって、この二つは実はともに、非線型現象に特有な二つの定常状態の間の転移にほかならないことが明らかにされた。
一見まったく関連がないように見える現象の奥にひそむ本質的な共通点をさぐり出すという理論物理学の仕事がいちじるしい成功をおさめた一つの例である。