——電子と原子核の社会学
すべての物質は原子または分子からできている。その原子や分子はまた電子と原子核とからできているから、物質は結局電子と原子核とから構成されていることになる。実は原子核自身もまたこれ以上分割することのできない最小の粒子ではなく、陽子と中性子とからなっている。しかし、われわれが日常見ている普通の物質の性質を問題にする限りでは、これらが電子と原子核とからできていると考えて差し支えないのである。
ところが、それでは電子や原子核の性質がわかったならぱこれらが造っている物質の性質もすぐにわかるというと、そうは行かない。
実際、物質の性質は複雑多彩であって、到底それらが皆少数の同じ構成要素からできているとは考えられないほどであり、また一つ一つの粒子の性質からは容易に想像できないものである。ちょうど、人間が集団を作ると、一人々々を見ていたのでは思いもよらない行動をすることがあるようなものである。
このことは、数学的には、個々の電子と原子核の性質を記述する方程式がわかれば、これらが構成する物質を記述する方程式は容易に書き下せるが、書き下すのは簡単でも、それを解くことは非常に難しいという事情となって現れる。
この困難を克服し、電子や原子核の性質から出発して、なんとか物質の性質を説明したり予言したりしようとするのが物性物理学である。
多くの困難にもかかわらず、物性物理学は、さまざまな物質のふるまいをたくみに説明したり予測したりすることに成功してきた。その結果現在では、個々の粒子それ自身の性質や構造を研究する素粒子物理学と並んで、物理学の二大分野を作っている。
これは多数の人間の集団の行動を研究する社会学や社会心理学が、一人々々の人間の生理や性質を研究する生理学や心理学などと並んで発達したのとよく似ている。物性物理学はいわば電子と原子核の社会学なのである。