——本質をつかむためのモデル
物質の構造やそれを支配する運動法則をまず仮定し、仮定された構造をもち、仮定された法則に従う物質、すなわち現実の物質のモデルがどんなふるまいを示すかを理論的に計算して、その結果が実験事実と合うかどうかをしらべることによって真の構造と法則を見出す努力をするのが理論の役割である。計算結果がよく実験と合うほど、はじめに考えたモデルは実際の物質とよく似ているわけである。
しかし物質はお互いに複雑な相互作用をしているいく種類もの、またそれぞれが莫大な数の粒子からなっている。したがって何から何まで実際の物質に似ているモデルを作ろうとすると、そのふるまいを計算することがおそろしく困難になる。粗っぽい近似を使えばともかくも結果が出せるが、そうするとその結果が果たしてそのモデルの本当のふるまいを表すのかどうかがあやしくなるから何もならない。
そこで、物質のもつ性質のある一つの側面だけが強調されて現れるような、簡単化されたモデルを使うことがよく行われる。これはモデルというほど実在の物質には似ていないいわばオモチャのようなものである。また理論家が紙の上でもてあそんでたのしむ、という意味でも、しばしばオモチャとよばれる。しかし、うまく作られたオモチャが実物のある側面を実物以上に生き生きと見せてくれるように、上出来のモデルは物質のふるまいの少なくとも一つの側面を非常によく説明し、その底にひそむ法則を、手にとるように分からせてくれるのである。
モデルはまた漫画にも似ている。漫画は現実の人物や実際のできごとそっくりそのままでは決してなく、ずいぶんゆがんだものだが、よい漫画は実にまざまざと実在の人物やできごとの本質をするどくつかみ出して、浮きぼりにしてみせる。傑作な漫画を見るとかっさいしたくなったり、溜飲がさがったりするゆえんである。
理論家の最も大事な仕事の一つは現実の物質のよい漫画を描くことであるといってよいであろう。