——七色の光から数学理論まで
スペクトルという言葉を聞いて、誰もがすぐに思いうかべるのは、太陽の白色光がプリズムを通過したときに現れる七色のそれであろう。
白色光の中には、赤い光から紫色の光までのすべての可視単色光が含まれている。波長によって屈折率がちがうために、プリズムを通るとそれらが分解されて、スペクトルとして見えるようになるのである。太陽光線の中には赤外線や紫外線などの眼に見えない光も含まれているが、それらもやはりプリズムを通ったあとではスペクトルに分解される。
このことは白色光に限った話ではなく、どんな光も、いくつかの、あるいは沢山の単色光からなっていて、そのスペクトルを観測すると、どんな波長の光がその中に含まれているかを知ることができるのである。
物体から光が出るのは、物体がエネルギーの高い状態から低い状態に落ちるとき、あまったエネルギーが光となって放出されるからである。出てくる光の波長はそのエネルギー差によってきまるから、スペクトルを観測することによってどんな波長の光が出てくるかがわかると、光を出している物体がどういうエネルギーをもち得るかがわかる。物体のとり得るエネルギーの値の集まりを、やはりスペクトルとよぶ。
理論的には、物体のとり得るエネルギーは、その物体を支配する方程式に特有な、その方程式の固有値とよばれる数の集まりとして計算することができる。この固有値の集まりも、やはりスペクトルとよばれる。
これをさらに一般化して、別に物体を支配する方程式に限らず、どんな方程式でも、それが固有値をもつならば、その集まりをスペクトルとよぶようになった。こうしてプリズムによって生じる七色のスペクトルとはまったくかけはなれた抽象的な数学の理論に、スペクトルという言葉がしばしば登場するようになったのである。