——「不純物」か「賓客」か?
結晶は原子が規則正しく並んでできているのだが、すべての原子が一つの例外もなく完全に整列しているようないわゆる完全結晶は自然界には存在しないし、また人工的に作るのもほとんど不可能といってよい。実際の結晶は必ず原子の並び方に乱れがあったり、よそものの原子が入りこんでいたりする。原子の並び方の乱れは格子欠陥、よそものの原子は普通不純物と呼ばれる。不純物に対して本来の結晶をホストという。
ちょっと考えると、少しぐらいの格子欠陥や不純物があっても、結晶全体としての性質はほとんど変わらないように思われる。しかし実は必ずしもそうではない。こういうものがごく僅かあるだけでガラリと変わってしまう性質もかなりあることが、多くの研究者の熱心な研究によって今ではわかっている。
そしてまた、意外なことに、不純物の存在によるこれらの性質の変化は、われわれにとって迷惑であることよりも、ありがたいことの方が多い。その最もよく知られている例は半導体であろう。電子工学の技術で大活躍をする半導体の特有な性質は、たいてい不純物によってひき起こされるのである。
不純物はこのように実際に役立つほか、研究者にとっては研究の題材を豊富に提供してくれる点で大変ありがたいものである。このありがたいものを不純物と呼んで邪魔もの扱いにするのはどうも具合の悪いことだとつねづね考えていたところ、つい最近化学のある分野では不純物のことをゲストと呼ぶことを知ってハタとひざをたたいたことであった。歓迎すべき貴重な存在にふさわしい名前、しかもホストに応じるにゲストとは、名づけ得て妙ではないか。
世界から不純物としてきらわれるもろもろの存在の中には、案外時がたってみればあれはゲストとして扱うべきだったということになるものも混っているのではなかろうか。
頭から不純物ときめつけずに、長い眼で見ることが大切と思われる。