——旅行者泣かせだった英国通貨
今は十進法に切り変わったが、少し前までは英国の通貨は一二ペンスが一シリング、二〇シリングが一ポンド、そのほかに二一シリングが一ギニーという半端な単位もあるという複雑なもので、旅行者泣かせであった。私が英国に滞在していたころはまだ古い制度の時代であったが、当時の為替レートでは、たまたま一ポンドがちょうど一〇〇〇円、一シリングが五〇円というきりのよい換算率になっていて、おかげで慣れるのが早かった。しかし、帰ってきてからはポンドが切り下げになったりしたため、たちまちまたピンとこなくなってしまった。
英国では今でも華氏の温度が日常使われている。これが貨幣よりもっと困るものであった。貨幣の方はお金の値打ちをはかる原点がゼロにきまっていて、あとの目盛りのきざみ方がちがっているだけだからまだよいが、摂氏と華氏とでは原点と目盛りの両方がずれているから始末が悪く、暑い寒いの話のさいには、しょっちゅう戸惑わされたのであった。
物理屋は摂氏温度より二七三度だけ低い方にずれた、摂氏マイナス二七三度が零度になる絶対温度という温度目盛りをよく使う。これは摂氏マイナス二七三度より低い温度がこの世に存在しないことがわかっていて、したがってここが絶対的な温度の原点となるからであるが、これと日常使う摂氏温度とのきりかえは、原点がずれているだけだから簡単で、さして不便は感じない。
目盛りは同じで原点だけがちがう点ではこれと同じだが、その原点がたびたび変わるので具合がわるいのは元号を用いる年代の数え方である。その点西暦の方は原点が動かず、また世界中に通じるので便利である。私なども西暦を常用しているが、公式の文書などで昭和の年号を用いなければならないときはいつも戸惑って間違える。明治・大正にさかのぼるときはいちいち指を折って数えたり、対照表の厄介になったりしなければならない。元号にももちろん意義はあるであろうが、西暦の使用もそれと平行して公にみとめてほしいと思うのである。