——ホンネとタテマエ
タテマエとホンネということがよく言われる。みんながホンネばかりむき出しにしたのでは社会生活を円満にいとなむことはできないからタテマエが必要だが、しかしタテマエにあまり忠実であっても人間関係が硬直するばかりでなく、第一自分自身がやり切れない。タテマエとホンネをほどよく使い分けることは難しいことだが、やはり大切なことであろう。
数理物理ではオモテの空間とウラの空間というものをよく使う。三次元空間の中の勝手な点は、ある座標軸に関するその三つの座標を与えればきまる。座標軸としては普通互いに垂直に交わるものをとるが、斜めに交わる座標軸をとることもできる。また座標を測る単位は通常どの軸に沿っても同じにとるが、これも軸ごとに単位を変えても差し支えない。わざわざそんな面倒なことをする必要はないではないか、と思われるかもしれないが、物理ではユークリッド空間のように素直でない、へしゃげた空間や曲がった空間をとり扱わなければならないことがしばしばある。たとえば結晶は、まったく同じ形をした小さな結晶細胞が規則正しくつみ重なってできたものであるが、結晶細胞は立方体とは限らず、直方体ですらないことが多い。そんなときには、細胞の稜に沿った、互いに直角に交わらない斜交座標軸を使う方が便利なのである。
ところで、斜交座標軸の場合には、普通の座標と、これと対をなすもう一組の別の座標を導入すると非常に具合がよい。たとえば、座標軸のとり方によって変わらない量を座標によって表す式は、これらの一対の座標を使うと、片方だけを使ったときに比べて、はるかに簡単になる。この場合、普通の座標を使ったときに、今考えている空間をオモテの空間といい、もう一組の座標を使ったときにそれをウラ空間というのである。
オモテの空間とウラの空間とはもともとまったく同じ空間なのだが、ちょうど社会生活におけるタテマエとホンネの使い分けのように、どちらの座標を使うかによって同じ空間を別々の空間であるかのように使い分けると話が非常にうまくいくのである。