——マジック・ミラーの不思議
玄関のドアの覗き窓に半透明の鏡がはまっていることがよくある。これだと中から覗いているのがわからなくて来客に不愉快な感じを与えないですむというのであろうが、鏡に自分のパッとしない顔が写ってギョッとするし、相手はこちらを見ているのにこちらからは相手が見えず、一方交通だというのがどうも気持ちがよくない。
一方交通といえば、土曜の午後や休日に学校にいる時、自室から学外へは電話がかかるが、外からかけてもらうことはできないというのも不便なものである。
自然界では一方交通ということは元来あまり起こらないようになっている。宇宙船から電波で信号を送って地球に届くならば、地球から同じ信号を送ればまったく同じように宇宙船に届くはずである。池の真ん中で石を落とすとある時間の後に波紋が岸に届くが、その届いた場所で石を落とすと、何じ時間の後に同じ波紋が池の中心に到達する。これは相反性の原理と呼ばれ、非常に広い範囲の現象に対してなりたつ物理学の重要な原理の一つである。
玄関の鏡の場合にも、実はこの原理がなりたっているのであって、ドアの外側から光を送ったときに内側からそれが見えたとすると、内側から同じ強さの光を送ればそれは外側からまったく同様に見えるはずである。しかし人間の眼は同じ明るさのものでもまわりが暗いほどよく見えるようにできている上に、ドアの外に立っている人物は外光に照らされて中にいる人物より遥かに明るいので、事実上一方交通になってしまうのである。
電話の場合にはこれと事情がまったくちがって、もともと二人の加入者があったとき、互いに同じ番号のダイヤルを回すことによって通じ合うようにはなっていない。電話のシステムははじめから相反性がなりたたないように人為的に作られているのである。
しかしいずれにしても、人間が一枚加わったために相反性が失われたのだと考えてよさそうである。