——日付の階段
東経一八〇度の子午線が日付変更線と呼ばれ、西側からこの線を越えるときは日付を一日おくらせ、東側から越えるときは一日進ませなければならないことはよく知られていることである。
もしこの約束がなく、日付変更線を越えても各人がそれぞれの日付をそのまま持って歩いたならば、同じ地帯に住む人たちが、テンデに異なる日付を持つことになって、不便極まりないであろう。
しかし、大変空想的な話だが、もし地表面を多層構造にし、東経一八○度の子午線のところに階段を設けて、西側からこの子午線を越える人は必ず一階下に降り、逆向きに越える人は必ず一階上に昇ることにすれば、いちいち日付の変更をしなくても、同じ階に居る人はつねに同じ日付を持つことになる。この子午線を越えない限り一つの階から他の階に移れないから、こうすれば異なる日付をもつ人が出会って混乱が起こることはなくなるはずである。
このような多層構造を考えることははなはだ人工的に見えるが、複素関数の数学では実はおなじみのことなのである。各人が持っている日時は地表面上の場所の関数だが、日付変更線を設けなければ同じ場所にいろいろな異なる日付をもつ人が居ることになる、すなわちこの関数は多価関数になる。日付変更線を設ければ関数は一価になるが、そのかわりここで日付が突然飛ぶ、すなわち不連続になる。しかし右に述べたような多層構造を考えれば、一つの層の上では関数が一価になり、しかも右に述べた階段の昇り降りの規則を守る限り、日付の不連続性は生じない。つまり多層構造を考えることによって、多価関数を一価関数に直し、しかも不連続性が生じないようにすることができるのである。
数学では、このような、階段のところでは一層上または一層下に移れるが、そのほかのところでは層から層へ乗り移ることができないようになっている多層構造をリーマン面、階段の設けられている子午線を枝線と呼んでいる。