——未発達な差分方程式の理論
一直線上の点はすき間なくつまっていて、一つ二つと数えあげることができないことはよく知られている。平面上の点や三次元の空間の中の点も同様である。このことを、直線や平面、あるいは三次元の空間は「連続的な」空間であるという。これに対して、空間の中にとびとびに規則正しく並んだ点は整数で番号づけられ、したがって数えることができる。このような点の集まりを「離散的な」空間という。
物理現象の多くは連続的な空間の中で起こる現象として記述される。この場合、現象を支配する法則は通常微分方程式の形に書き表される。電磁波の伝播はマックスウェルの微分方程式で、熱の伝導は拡散の微分方程式で、また量子力学的な現象はシュレーディンガーの微分方程式で記述されるという具合に。
これに対して、たとえば結晶格子の振動は連続的な空間の中で起こる現象と考えることができない。なぜなら振動しているのは結晶中に規則正しく並んで格子を造っている原子であって、振動の際の原子の変位は、とびとびの格子点の上の関数であり、連続的な空間の中の点の関数ではないから。すなわち現象は結晶格子という離散的な空間の中で起こっているのである。離散的な空間の中の現象を支配する法則は微分方程式でなく、差分方程式の形に書き表される。
一寸考えると、離散的な「数えられる」空間に対する差分方程式の方が、連続的な「数えられない」空間に対する微分方程式よりも理論的にとり扱いやすいように思われる。しかし事実は前者の理論が後者のそれに比べてはるかに未発達で、理論物理屋の苦労のタネの一つになっているのである。
電子計算機で微分方程式を解く場合、計算機が数えられるものしかとり扱えないために、わざわざそれを差分方程式におきかえなければならないのは皮肉であるが、差分方程式の理論の発達がこれによってうながされれば物理にとってはありがたいことである。