——リード、レーザー、ミープス
固体表面の国際会議という会議の組織委員をおおせつけられるハメになった。固体表面は私の専門ではないのだが、表面状態に関するささやかな仕事をしたことがあるばかりに、ひっぱり出されてしまったのである。
組織委員会に出てみると、しきりにリードという言葉が出てくる。専門でない悲しさで、何のことやらさっぱりわからない。帰ってからそっとしらべたらそれはLEEDであって、低エネルギー電子の回折という意味の英語の頭文字を並べたものだった。
この種の略語はNATOやUNESCOをはじめとして、マスコミのいたるところに氾濫しているが、物理の世界でも例外ではない。メーザー(MASER)やレーザー(LASER)は多分その最も有名なものであろう。これらは一見素性正しい単語のように見えるが、輻射の誘導放出による、前者はマイクロ波、後者は光の増幅、という意味の英語の頭文字を並べたものである。
私の専門の方でも、最近ミープス(MEAPS)なるものが登場した。これは乱れた結晶の中で起こり得る振動の振動数の分布を理論的に計算する一つの方法の名称で、周期系の集団の上で平均する方法という英語から作ったものである。
メーザーやレーザーは今では実体名前ともに物理の世界をはみだして広く普及しているし、いかにも名は体を表しているような感じのする傑作であるために、あまり抵抗を感じない。しかし、リードやミープスは発音をきいただけでは中身がとんと見当がつかないし、物理屋仲間でもごく特殊な分野の専門家以外にはチンプンカンプンなしろものだといってよいであろう。
組織委員会のようなところでは、わからないのは多分私一人だからかまわないが、非専門家の多数居るところでやたらにふりまわされては迷惑な略語が、リードやミープスのほかにも氾濫しているというのが残念ながら実情である。学問の専門分化にともなう必然的な現象なのかもしれないが、あまり望ましいこととは思えない。