——みてくれ優先の奇妙な国
江崎玲於奈氏がノーベル物理学賞を受けられた(編集注 一九七三年)というニュースは、どこか素直に受けとれないところのある平和賞のそれとちがって、掛け値なしにうれしいニュースであった。
これで物理学賞の日本人受賞者は三人になったわけだが、前の二人の場合は理論物理学の、しかも素粒子論における業績が対象だったのに対して、今回対象となった江崎氏の業績は物性物理学の実験的研究である。誰がどんな仕事で賞をもらおうと、おめでたいことに変わりはないのだが、日本でノーベル賞がとれるのは金のかからない理論の研究だけではないか、といわれずにすむようになったのは、いっそう喜ばしいことである。
福祉事業にたずさわっているある人が、こんなことを言っていた。日本は第一級の福祉施設が何でも揃っている世界有数の国なんですよ。たとえば老人ホームをとってみても、世界中の誰に見せてもはずかしくない立派なものがちゃんとある。しかし、それを利用できるのはごく少数の恵まれた、あるいは特別に運のよい人だけで、世間一般の人々が驚くほどそれらの恩恵を受けていない点でも、日本は世界有数の国なんです。日本という国は実に奇妙な国ですよ、と。
かつての日本の住宅には、お客が来た時にだけ使う床の間つきの客間が一番日当たりの良い場所にあって、年中住んでいる家族は日陰の部屋しか使えないという家が多かった。近頃のマイホームにはさすがにほとんどみられなくなったが、社会的なレベルでは、まだまだお客に対するみてくれを優先させる伝統が残っているらしい。
残念ながら、学問の世界も、必ずしもその例外ではないようである。ノーベル賞受賞者の方々はもちろんお客に見せるために仕事をされたのではない。しかし、まわりが寄ってたかってそれを見せもの的に利用、いや悪用するのに終始して、せっかくの受賞を日本の研究のレベルを高めるために生かすよりは、床の間の置き物に近いものにしてしまうことがないように願いたいものである。