——パイオニア型と拡幅整備型
ドカ雪が降る頃になると、子供の頃、毎日のように家の前の道路の雪かきをさせられたことを思い出す。当時は雪の量も今よりはるかに多かったし、機械力による除雪がほとんど行われなかったから、雪かきはとにかく大変な仕事で、学校の作文のネタにもよく使われたものである。
そういうとき、ある人は、さしあたって人一人が通れる道ができさえすればいいというふうに、多少曲がろうが、柔かい雪が底に残っていようがおかまいなく、やっと通れる幅だけさっさと雪をかき分けてゆく。それに対してある人は、もっとずっと幅の広い道を定規でひいたように真っ直に、そして底をきれいにふみ固めながら、ゆっくりときちょうめんに作ってゆく。手を休めてそのコントラストをしばし眺めるのは面白かった。
物理の研究者のタイプも、ごく大ざっぱに分けるとこの二通りがあるようである。大筋の見通しに確信をもてぱ、多少の論理的あいまいさや、誤りの危険をおかしても、どんどん進んでゆくいわばパイオニア型の人と、きちんと論理をととのえて、誤りの絶対ない理論を構築し、いわばパイオニアの作ったふみ分け道を拡幅整備することに力を注ぐ人と。
物理でも論理が重視されるべきことはいうまでもないが、しかし数学とちがって、論理の一貫性のみが生命でなく、直観や大局的洞察にたよった多少とも大胆な推論も不可欠である。あまりに論理的整合性にこだわると二進《につち》も三進《さつち》も行かなくなるのが普通である。ドカ雪をかき分けるとき、あまりにも広くきれいな道をはじめから作ろうと思うと一向にはかどらないように。
もちろんパイオニアが開拓した、人一人がやっと通れるだけのあぶなっかしい道を、誰でも安心して通れる大道に整備する役柄も大切にはちがいない。しかし、パイオニア型の人からみると、拡幅整備型の人の仕事はまだるっこくて、それが完成するまで次のステップをふみだすのを待つわけにはとうていいかないというのが普通である。