——電子は何色に感じられるか?
クラシック音楽はハ長調、イ短調、嬰へ長調、変ト短調というようないわゆる調性にもとづいて作曲されているのが原則であるが、音楽好きの仲間の間では、ときどきこの調性と色彩との関係が話題になる。たとえばある人にはイ長調の曲はだいだい色、ホ短調の曲はこげ茶色、ニ短調の曲は濃緑、ハ長調の曲は白の感じがする、というようなことである。
調性にこのように色の感覚がともなうのは面白い現象で、音楽の味わいの一つの無視できない要素に多分なっているにちがいないが、科学的にはどういうことなのか、まったくわからない。早い話が、調性と色の対応は人によってずいぶんちがっていて、たとえば私にはイ長調は浅緑に、ホ短調は濃いエンジ色に、ニ短調は金茶色に、ハ長調は代赭《たいしや》色に感じられる。おそらく個人々々の感覚や経験のちがいが、曲の受けとり方に大きな影響を与えるために、こういう相違が生じるので、極めて複雑な心理的現象なのであろう。
これとやや似たことで、われわれ物理屋の仲間でときどき雑談のタネになるのが、電子や陽子や中性子の色である。もとよりこれらの粒子は光、またはもっと一般に電磁波を発射するみなもとにはなり得るが、それ自身は色という属性はもっていないから、その色を論じることは物理的にはナンセンスである。けれども、物理屋がこれらの粒子のふるまいを論じるときに頭に描いているそれぞれの粒子のイメージに、多少ロマンチックな色がついていても一向に差し支えないし、それを茶のみ話の材料にするのをナンセンスときめつけるのはヤボというものであろう。
それはさておき、これらの粒子のイメージの色がまた人によって千差万別なのは面白い。私には電子が黄色で陽子が黒、中性子が白いように感じられるが、電子が黒くて陽子が赤いという人もいる。その心理を分析するのは興味のあることだと思うのだが、キマジメな物理屋さんにふざけているとおこられそうなので、こわくてまだ実行していない。