——テレビの修理は苦手です
カメラを買いたいのですが、あなたは写真がお好きだから、どんなカメラがよいか、推薦してくれませんか、といわれて困却することが時々ある。私は写真を撮ることは好きだが、カメラ自体の機構や品名などには一向に興味がなく、したがって不案内だから。
これと似たことだが、物理をやっています、といったばかりに、ちょうどいい、今ウチのテレビが故障しているのですが修理してくれませんか、とたのまれて困惑したという話を物理屋仲間ではよく聞く。数学をやっています、といったばかりに、それならさぞ計算がお得意でしょう、といわれて苦笑したことのある数学者も、また意外に多いようである。
物理学者の仕事は、物質界を支配する法則、あるいは原理を見出すことである。テレビのからくりはもちろん物理学の原理にもとづいているのであるが、しかしその原理は既知の原理であり、からくりも既知のからくりであって、物理屋の新しい興味をひくものではない。実験物理学のある分野ではテレビの技術を必要とするが、それはあくまで研究の手段にすぎないのであって、研究そのものとは別なものなのである。
数学者の場合も事情は似たようなものである。数学者の仕事は、公理から出発して論理的に一貫した定理の体系を構築することであって、既存の公理や定理を用いてただ計算することは、数学を使う者にとっては主要な仕事であり得るが、数学者自身にとっては高々理論体系を作ってゆくさいの手段として必要なことがあるにすぎず、本来の興味の対象ではもはやあり得ないのである。
写真の好きな人がカメラのことをよく知っているとは限らず、カメラの自慢をしたがる人の写真は概していただけないのと同じように、物理屋や数学者が人並み以上にテレビやソロバンに通じているとは限らず、テレビやソロバンの得意な人は大ていは物理や数学が不得手なのである。