——生きのびにくい自由な図書館
図書館または図書室の運営というものは難しいものである。
とくに本の貸し出しのシステムをどうするかは難問であって、本の汚損や紛失をおそれるあまりにきびしい規則を励行すると、借りる側にはわずらわしくかつ不便になって利用価値が少なくなる。逆に、利用者の便をはかってできるだけ自由にすると、汚損や紛失がふえるだけでなく、特定の利用者が多数の本を長期間独占して他の利用者の不満を買う、というようなことが起こりがちになる。
生活の時間割が人によってマチマチだから、図書室を休日や夜間にも開いてほしいという要望が出るのはもっともである。しかし、それに見合うだけ図書室のスタッフをふやすのは困難であり、スタッフなしで開放したのでは何が起こるかわからないから責任がもてない、といわれれば、それも残念ながら至極もっともなことである。
イタリーのトリエステにある国際理論物理学センターの図書室は、理想的に運営されているように見えた。休日も夜間も常に開かれており、係員は居ないが、貸し出し票に日付と氏名を書いて係員の机の上に置いてきさえすれば自由に本を借りることができた。期間制限も別になかった。
さすがは、と感心していたところ、ある日事務局から、「最近図書室の本から二十ページも破りとられたという報告があった。またここ数ヵ月間に五十冊もの本が貸し出されたまま戻ってこない。図書室の本が公共のものであることは利用者の方々は十分御承知のはずであり、大多数の方々は正しく利用しておられると思うが、このままでは残念ながら現在の極端に自由な貸し出しシステムをやめなければならなくなるかもしれない」、という紙がまわってきた。
それぞれの国で相当の地位にあり、それ相応のプライドをもっているはずの物理学者たちが集まる所でさえやはりこういう悩みがあることを知って、ちょっと複雑な気持ちになったのである。