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パラサイト・イブ04

时间: 2019-07-27    进入日语论坛
核心提示:       3 午後六時、利明たちはICUの中に通された。 部屋に入る際、緑色をした滅菌衣と帽子を着せられ、さらに三層構
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 午後六時、利明たちはICUの中に通された。
 部屋に入る際、緑色をした滅菌衣と帽子を着せられ、さらに三層構造のフィルターマスクをかけさせられた。手や足を消毒液で洗う。利明にとってみれば、これらは全く馴染みのないものではない。ヌードマウスを使う動物実験など、感染防御が必要な場合にこのようないでたちで動物施設に入ることはよくあった。しかし病院内でこういった格好をすることになるとは思ってもいなかった。聖美の父親は外科医という職業のためか滅菌衣姿がさまになっていた。母親のほうだけはさすがに慣れないらしく、ごわごわとした木綿の感触をしきりに気にしている。
 予想外に大きな部屋だった。壁際に幾つものストレッチャーが並んでおり、そのふたつにひとつの割合で輸血や点滴をおこなうための用具が設置されている。壁際には小型モニタがふたつ備えられ、そこから何本もチューブが伸びていた。だがほとんどのベッドは使われておらず、部屋の中は閑散としていた。
 聖美は手前から二番目の場所に寝かされていた。
 聖美の鼻の穴にはチューブが挿入されていた。利明はそのチューブの先を目で追った。管は小さいバケツのようなものへと続き、そこからさらに白い色の機械へとつながっていた。幾つか調節つまみらしきものがあり、メーターの針が一定の間隔をおいて左右に揺れている。それほど大きくない機械だった。針が揺れるたびに、プスー、プスーと音がする。これが人工呼吸器だと医師が説明した。また、壁際に据え付けられたモニタには、脳波らしき線が映し出されていた。
 利明たちは聖美の体を囲み、その姿を見つめた。
 髪は剃《そ》られており、頭部は布と包帯で覆われていた。しかし胸から下はシーツを掛けられていたので、それ以外に目立った傷を見つけることはできなかった。頭の傷痕を除けば、まったく正常であるように思えた。
 退室後、利明たちは医師に連れられ、控室へと通された。医師は利明たちに椅子《いす》をすすめてから自分のデスクに座った。壁に設置されている投影台にCTスキャンの写真を掲げ、また脳波のデータを見せながら、医師は脳死について説明を始めた。脳死の定義とは「脳幹をはじめとするすべての脳の機能が不可逆的に停止した状態」であること、いわゆる植物状態は脳幹が生き残っており脳死とは区別されること、厚生省の定めた判定基準に沿って脳死判定の検査がおこなわれたこと、そしてこの病院ではそのほかに聴性脳幹反応の検査やCTスキャンによる脳血流検査も必要に応じておこなっていることなどを告げた。
「これが午後五時におこなった第一回目の脳死判定検査の結果です」
 医師は一枚の紙を利明たちに見せた。瞳孔固定、脳幹反射、無呼吸テスト、などといった項目が並び、それぞれの結果が記入されている。医師はひとつひとつ結果の意味を解説した。そして、いまの聖美は刺激を与えても脳波に変化が見られないこと、すでに自分では呼吸する力がないことを強調した。人工呼吸器をはずせば呼吸は止まり、心臓も停止して、体温が下がってゆくのだといった。用紙の表のうち右半分は空白になっていた。明日の午後に二回目の検査をしてそこに記入するのだという。
「脳死はこのように検査を二回おこなうことにより判定します。一回目と二回目の間には六時間以上おいて、判定を確実なものとするようにしているわけです」
 利明はそんな医師の解説を、ただぼんやりと聞いているだけだった。目を閉じた聖美の穏やかな表情が頭から離れなかった。
「聖美さんの人工呼吸器は作動させたままにしておきます。呼吸器をいつ止めるかは、ご家族の間で話し合われてください……。もちろん、それまでのあいだ、われわれは聖美さんに対して出来る限りのことはします。栄養剤も点滴しますし、床ずれが起きないように定期的に体の向きを変えたりもします。しかし、あのように呼吸をしてはいますが、聖美さんはもう亡くなられたのだということは御了解ください……」
 
 その夜、利明は一睡もせずに病院で過ごした。
 利明たちはICUに入り、聖美のベッドサイドに座ってその顔を見つめていた。聖美の父親のほうは落ち着きを取り戻しはじめていたが、母親は何がなんだかわからないといった風で、ときどき鳴咽《おえつ》を漏らしては感情を吐き出していた。しかしそのうち目の下に大きな隈《くま》を描いてぐったりと伏せてしまった。
「いったん家に帰るよ」
 妻が疲労の限界に達したのを見て取った義父は、そういい残して妻を抱きかかえ病院をあとにした。
 夜の十時ごろ、看護婦がやってきて、聖美の体を熱いタオルで拭いてくれた。小柄で可愛らしい感じの看護婦だった。まだ二十代前半であろう、そんな彼女が誠意を持って聖美の世話をしてくれることに利明は胸を衝かれた。
 利明は看護婦の仕事を手伝いながら、聖美の肌の暖かさを改めて感じた。聖美の背中はわずかに汗をかいていた。口の中には唾液《だえき》が湧《わ》き出ていた。皮膚にはまだ張りがあり、頬《ほお》は薄く上気したように紅を帯びていた。利明は植物人間というものを見たことはなかったが、こうして聖美の体を見る限り、植物状態と区別することはできなかった。
「奥さんに話しかけてあげてください」聖美の排泄《はいせつ》物を始末しながら、看護婦は微笑んでいった。「きっと喜んでくれますよ」
 その言葉を信じ、利明は一晩中聖美の手を取り、話し続けた。今日見たり聞いたりしたこと、これまでのふたりの思い出、どれだけ聖美のことが好きだったかを、絶えることなく話して聞かせた。聖美の温もりが手を伝ってくるのがわかった。聖美は規則的に胸を上下させ、静かに息をし続けていた。プスー、プスーという人工呼吸器の音が止むことなくICUの中に響いていた。
 
 早朝、利明は薬学部へ行った。ふと、ひとりになりたいと思ったのだ。ほとんど人影のない朝の街をゆっくりと車で通り抜け、丘の上にある薬学部を目指した。校舎には薄く靄《もや》がかかっていた。湿った空気を吸いながら利明は建物の中に入り、自分の研究室へと向かった。
 当然のことながら、研究室には誰もいなかった。利明は自分のデスクに座り、背もたれに体重をかけて、大きく息を吐いた。窓の外に視線を移すと、そこには白く霞んだ町並みが遥か遠くに見えた。
 ICUで見た聖美の顔が浮かんでくる。
 利明はこれまでに何度か親族の死に立ち会ったことがあった。彼らは病気か、あるいは老衰で死んでいった。皮膚の色は生気に欠け、張りを失っていた。その体は冷たく、硬くなり、生命を全く感じさせなかった。死んでいるということが素直に理解できた。だが、ICUのストレッチャーに横たわっていた聖美の姿は、これまで利明が持っていた死の感覚から掛け離れていた。
 聖美は本当に死んでしまったのだろうか。
 利明の中で、文献的概念としての脳死と手に残る聖美の温もりが衝突し波を立てていた。
 利明も脳死については新聞やテレビなどで何度か目にしていたし、また臨床医向けの雑誌や啓蒙書を読んで大まかな知識は得ていた。そして、いままではどちらかといえば肯定的な感情を持っていた。脳死に対する批判のうちの幾つかは、非科学的な感情論に流されていると思った。一方で臓器を必要としている患者がいるというのになぜ脳死者からの摘出が躊躇《ちゆうちよ》されなければならないのか、とさえ考えていた。
 だが、いまの利明にはわからなくなっていた。
 聖美の心臓が鼓動を続けたまま、臓器が取り出されるさまを思い浮かべ、利明は唇を噛《か》んだ。マウスやラットの解剖は毎日のようにおこなっているというのに、この想像だけは耐えることができなかった。いや、ヒトの解剖はおこなったことはないが実験動物は慣れているという中途半端な経験が、却《かえ》って悪い想像をかきたてるのだった。麻酔をかけられ腹を切り開かれたラットの姿が、全裸の聖美と重なっていった。ラットの肝や腎《じん》が聖美の腹部を通してみえた。
 腎臓。
 利明は目を閉じた。
 聖美は生前、腎臓バンクに登録していた。昨年の暮れ、突然聖美が登録を希望したのだ。あの朝のことを、利明はよく覚えている。
 移植は推進されるべきものだ。頭の中では利明はそう考えていた。聖美の腎も誰かの役に立つのなら喜ばしいことではある。だが、あの聖美から、まだ肌が暖かく、心臓も力強く動いているあの聖美から、腎が取られるということに気持ちが追いついていかなかった。聖美が死んでいるということ自体が感覚としてどうしても受け入れられないのだった。聖美は死んでいない、生き延びさせる方法が必ずある、そんな気がした。
 目を開けると、いつの間にか窓の外の霧は消え、街並みが朝陽を受けて眩しく輝きはじめていた。どこかで烏《からす》の啼《な》く声がした。一日が始まろうとしている。多くの人にとっては何げない平凡な一日となるだろう。利明にとっても、聖美が事故に遭わなければ記憶に残ることもない一日となったろう。
 利明は研究室を出て、培養室に向かった。体を動かしたかった。病院に戻る前に、いちど細胞の具合を確かめておきたかった。定常状態になっているものがあれば継代《けいだい》しようと思ったのだ。
 利明は顕微鏡を覗《のぞ》きながら、自分が使用している培養フラスコをチェックしていった。だが、特に緊急な処置が必要なものはなかった。利明はばんやりと、ハイブリドーマや癌《がん》細胞を眺めていた。
 そして、ふと、ある考えが浮かんだ。
 利明はレンズから目をはなし、フラスコの中の赤い培養液を見つめた。感嘆の声が喉から漏れた。
「ああ、聖美」
 心臓の鼓動が速まっていった。立ち上がった拍子に椅子が大きな音をたてて後ろへ倒れた。頭の中で、その考えが急速に広がっていった。よろよろと後じさりながらも、利明はテーブルに置いたフラスコから目を逸《そ》らすことができなかった。
 確かに、聖美の身体は脳死したのかもしれない。だが自分の手で聖美を生き続けさせることができる。聖美の全ては、まだ死んだわけではない。利明はフラスコを見つめたまま拳を握り締め、天井に向かって突き出し叫び声を上げた。
 病院までの道のりがもどかしく感じられた。利明はアクセルを踏み込み、ギアを激しく動かしながら、聖美の名を呼び続けていた。やらなければならないことが幾つかあった。親族の意見をまとめ、聖美の腎を提供させること、かつて共同研究をしたことのある第一外科の助手に連絡を取ること、そして医師の了解を得ること。どれも大して難しくはないはずだった。聖美はまだ生きている、それがわかっただけで涙が出てきそうだった。
 聖美、これからもずっと一緒だ。
 心の中でそう叫んでいた。
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