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パラサイト・イブ05

时间: 2019-07-27    进入日语论坛
核心提示:       4 利明と義父が見守るなか、聖美の二回目の脳死判定検査がおこなわれていった。昨日会った担当医が、もうひとり
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 利明と義父が見守るなか、聖美の二回目の脳死判定検査がおこなわれていった。昨日会った担当医が、もうひとりの医師と手分けして仕事をすすめてゆく。どんな大袈裟《おおげさ》な検査をやるのかと利明は構えていたが、実際は、耳にヘッドホンを当てて音を聞かせたり皮膚に刺激を与えたりして反応を起こすかどうかを調べるだけであった。聖美の脳波は平坦のままだった。担当医はそれを見ながら結果を判定表に書き込んでゆく。随分と非科学的な方法でおこなわれるものだ、と利明は思った。
 全ての結果は、前回と同じくネガティヴだった。担当医は検査が終わった時点で判定表を利明たちに見せ、了承を求めるような視線を送った。利明は表にボールペンで記入された結果と聖美の顔を見比べ、そしてひとつ頷《うなず》いて紙を医師に返した。医師はそれを受け取り、表の上にある空欄に署名し、そして判を押した。
「聖美さんは脳死と判定されました」
「ええ」
 他になんといえばよいのだろう、そう思いながら、利明は自分でも呆《あき》れるほどそっけない言葉を返した。
「それでは、控室のほうへどうぞ」
 担当医はそういって利明たちを促した。
 部屋の中には女性がひとり待機していた。利明たちに気づくと椅子から腰を上げ、頭を下げてきた。利明も曖昧《あいまい》に会釈を返した。
「こちらは移植コーディネーターの織田あずささんです」と担当医が紹介した。「聖美さんの腎臓を移植に提供していただけるというお話でしたので、こちらに出向いてもらったんです」
 医師の紹介を受けて、女性は名刺を差し出してきた。恐らく利明より年下だろう、スーツ姿のその女性は、どこかやり手のキャリアウーマンを思わせるところがあった。しかし理知的な目元とはアンバランスなほど柔らかい頬の線が、親しみやすい雰囲気を補っている。その表情には誠実さと知性があった。女性は再び軽く会釈をして、よろしくお願いしますといった。
 利明たちはその女性と向かい合うような形でソファに腰を下ろした。
「コーディネーターというのは最近になって日本でも出てきた職業なんです」
 織田はそういって、まず自分の仕事について説明を始めた。移植という治療は、臓器受容者《レシピエント》である患者のほかに臓器提供者《ドナー》がいて初めて成り立つ。そしてドナーとは、生体臓器移植の場合を除けば救急医療医によってケアを受けてきた脳死者や心臓死者である。本来救急医は救急医療に専念すべきであり、自ら移植手術に積極的に乗り出すことは望ましくない。一方、移植医が脳死者の遺族に擦り寄っていって臓器の提供を切り出すことも、遺族にとっては不快感を覚えるだけである。そこで移植医と救急医のあいだを仲介し、円滑に移植治療がおこなわれるよう取り計らう人間が必要となってくる。それが移植コーディネーターというわけだ。仕事は多岐にわたり、医師たちのスケジュール調整から遺族への配慮など細々としたところまで含まれる。
「聖美さんの腎提供によって、ふたりの透析《とうせき》患者さんが救われることになります。慢性腎不全というのは小さな子供でも起きる症状ですが、残念ながら完治させる方法はなく、体の中に溜まるものを外に出すには透析しかありません。しかし透析治療は時間の制約を受けるために通常の社会生活を送ることは困難ですし、厳しい食事制限も受けなければなりません。そういった患者さんが、腎移植によって自由に食事や旅行をすることができるようになるのです。聖美さんの腎は決して無駄にはなりません」
 コーディネーターの熱心な説明を聞き、臓器摘出までのスケジュールを確認してから、利明はいった。
「聖美の腎が患者さんのお役に立てるということがよくわかりました。聖美の腎臓を提供したいと思います。聖美は腎バンクにすすんで入っていましたし、これが本人の遺思を尊重することになると思います。どうかよろしくお願いします。ただし、提供するのは腎だけにさせてください。ほかの臓器については聖美の意見がわからないので、むやみに取り出すのはちょっと聖美に悪いような気がするんです」
 我ながら芝居がかった言い方だと思った。意志を告げたあと、利明は横に座っている義父の顔を窺《うかが》った。義父は目を閉じ、ひとつ頷いてみせた。
「腎だけでも私たちとしては本当にうれしく思いますよ。ありがとうございます」コーディネーターの織田はそういって深々と頭を下げた。「私も最大限のお手伝いをさせていただきます」
 織田が差し出す書類に、利明はゆっくりと記入していった。それは臓器提供の承諾書だった。ぺらぺらのB5判の紙の中央には横書きの活字で、
 
 上記の者 死後 臓器移植のために(     )を提供することを承諾します。
 
 という無味乾燥な一文が印刷されている。利明はその上の欄に、書式に沿って聖美の名前と住所、生年月日、性別を書き入れ、そしてかっこの中に一画ずつ区切るように力を込めて「腎臓」のふた文字を綴《つづ》った。そこでひとつ息をつき、最後にその文章の下に今日の日付と、承諾者となる自分の氏名、住所、続柄を一気に記入した。
「ここに判をお願いします」
 織田の白く長い指が、書類の最後にある「印」の字を指した。
 利明はズボンのポケットから印鑑を取り出した。織田が手際よく鞄から朱肉を出し、利明の前に置く。
 利明はぐりぐりと押し込むようにして判をついた。書類に写し取られた永島という印影は、書類の内容に不釣り合いなほど鮮やかで、ふしだらな感じさえした。一瞬利明は目を背けた。
 これでいいのだろうか、という思いが利明の心をよぎった。暖かい聖美の体の中から臓物を取り出すことが、これで決まったことになる。それほど重大な決定を、こんなたった一枚の紙切れで自分は下そうとしている。なにか間違っているのではないだろうか。
 利明は軽く頭を振った。いまさら何をいっているのだろう。こうしなければ聖美を生き延ばすことはできないのではなかったか。聖美とこれからも暮らすためには、こうしなければならないのではなかったか。聖美はなにもあの外見だけが聖美なのではない、聖美の体の中に生きる細胞ひとつひとつが聖美なのだ。その聖美を自分のものにしなくてはならないのだ。いまその話を切り出さなくてはならない。利明はそのとき、体に微熱が湧き起こるのを感じた。医師に聖美の死を告げられたときに感じた、あの熱さだった。頭がぐらぐらと回転を始めた。
 控室から退室するとき、利明は義父には気づかれないようそっと担当医に近づき、低い声でいった。
「実は、聖美のことでお願いがあるんです」
「どうしたんです?」
「ひとつ、私の希望をきいてください。聖美の両親には内緒で……。腎の提供と引き換え条件です」
「引き換え? いったい……」
 怪訝《けげん》な表情をする医師を、利明は制した。医師の背中を抱え、隠れるようにしながら、ゆっくりと低い声でいった。
「聖美の肝臓をください。……肝の初期継代培養《プライマリー・カルチヤー》をしたいんです」
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