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パラサイト・イブ13

时间: 2019-07-27    进入日语论坛
核心提示:       12 吉住たちを乗せた救急車は市立中央病院へと急いだ。三〇分程度の道程である。車が右や左にカーブする度、腎
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 吉住たちを乗せた救急車は市立中央病院へと急いだ。三〇分程度の道程である。車が右や左にカーブする度、腎の入った冷却灌流装置がかたかたと音を立てて揺れた。吉住は簡易ソファに腰掛け、腕組みをして目を閉じていた。移植医が唯一ゆったりとした時間を過ごすことができるのが、この移動時間だった。今回は同じ市内にある病院からドナーが出たため運搬時間は短いが、県外から腎を運ぶときには飛行機を使うこともあった。片道二時間の空の旅は、一連の移植手術の中ではオアシスのようなものだ。移動中は神経を尖らせていてもしかたがない。病院へ着いたら手術が待っている。それまで体を休ませておき、オペでのミスを無くしたほうがいい。
 冷却灌流装置が開発されるまでは、吉住たちは摘出した腎をクールボックスに入れて運んでいたものだった。原理的には最近のクール宅配便と変わりがない。時間との闘いだった。当然腎の生着率は今よりも悪かった。腎を浸す灌流液も、より腎の新鮮さを保つため、現在使用されているものへと徐々に改良が加えられてきたのだ。
 現在の日本では脳死者から臓器を摘出することは認められていない。従って今回のように、脳死者が心臓死するまで移植医は待機し、検死が終了してからようやく摘出手術をおこなうことになる。当然脳死状態のものより臓器の鮮度は落ちるが、仕方のないことであった。脳死が法律化され、一般の人々にも受け入れられるようになれば、もっと腎の生着率は良くなるだろう。そう吉住は思った。腎の鮮度も上がり、そしてなによりも提供数が増す。提供腎が増えればそれだけレシピエントにとってチャンスが増える。遠い場所から腎を運搬する必要もなくなるかもしれないのだ。
 数年前まで、吉住たち中央病院のスタッフは何度かアメリカからわざわざ脳死者の腎を空輸していた。日本で脳死者から腎を摘出すると問題が起こるため、アメリカでドナーを見つけるということをしていたのだ。日本人とは不思議な人種だとそのとき吉住は思った。自国のドナーには過敏な反応を示すのに、アメリカ人の脳死者から臓器を摘出した場合は何もいわないのだ。ともあれ、結果の多くは、やはり摘出腎の運搬時間が長いこともあって、不満足なものに終わってしまった。レシピエントはいつまでたっても尿が出ないことに狼狽し、苛立ち、そして泣いた。レシピエントはみな、移植すれば薔薇色の人生が開けると信じ切っていた。手術が失敗するとは夢にも思っていなかった。機能しない腎を摘出せざるを得ないということを伝えなくてはならなくなったとき、吉住の心は沈んだ。レシピエントの幾人かは再移植を希望した。実際そのうちの何人かは移植を受け、透析から離れていった。だが、もう移植は嫌だと首を横に振る患者もいた。
「先生、もういいんです」
 吉住の脳裏にひとりの主婦の顔が浮かんだ。三十代半ばのその主婦は、吉住の前でほつれた髪を直そうともせず、疲れた笑みを浮かべて自嘲気味にいった。
「わたしはどうせもう若くないんです。これから働きに出ることもないし、子供をつくるつもりもありませんからね。透析で十分なんです。先生、下手な希望はもういらないんですよ。おいしいものが食ベられるかもしれない、海外旅行だってできるかもしれない、そんな言葉でわたしを迷わさないでください。摘出するって先生がいったとき、わたしがどういう気持ちだったかわかっているんですか? 移植なんて言葉、知らなければよかった。透析しか知らなかったら、あんな思いはしなくてすんだんです。もういいんですよ、先生。わたしはもう疲れました」
 車が急力ーブを曲がった。吉住は目を閉じたまま息を吐いた。このカーブを体は覚えていた。病院へ入る手前の坂道だった。
 全裸の安斉麻理子が手術台に仰向けで寝かされ、覆布をかけられていた。二年前とあまり変わっていない、まだあどけない感じのする肢体だった。麻酔のチューブが麻理子の顔から機械へとつながっており、麻酔医が具合をチェックしている。
 吉住が病院へ戻る前に、手術の準備はほぼ終了していた。麻理子の体はすでに手術助手により入念に洗浄されている。無菌室の中でもっとも細菌を保持しているのは、実は人間自身である。レシピエントの体の表面にも、とうぜん雑菌が付着していると考えなくてはならない。そのため手術前にはレシピエントの皮膚を丹念に消毒してやる必要がある。助手は風呂場の掃除で使うタワシのような形をしたブラシに消毒液をつけ、麻理子の下腹部と大腿部をごしごしと洗ったのである。陰毛は手術の際に邪魔なので前日のうちに剃られていた。剃刀の傷痕から細菌が感染することがあるので、下腹部は昨夜から一晩無菌のタオルで保護されている。
 吉住は麻理子の左に立った。麻理子のまわりには、執刀医である吉住のほかに、麻酔医が二人、手術助手が三人、看護婦二人がいた。部屋の壁は薄いグリーンで統一され、無機的な印象を与えた。手術台や幾つかの大型装置を除くと、室内はがらんとしており、必要以上に大きく見える。医師たちも緑色の手術衣を着ており、レシピエントである麻理子も下腹部以外は緑色の覆布が被せられている。その中で、ライトに照らされたレシピエントの腹部の肌の色だけが奇妙に浮き立っていた。
 吉住はわずかに顔を上げ、天井に備え付けられた無影燈を眺めた。六つのボール型のライトが円を描き、その中央にもうひとつライトが収まっている。通常の無影燈は傘の形をしており、そこに幾つかのライトが埋め込まれている。しかしこの手術室は移植専用に設計されており、無影燈も例外ではなかった。室内を無菌に保つため、特別な空調が施されている。それによる空気の流れを遮断しないように、傘型ではなくボール型の無影燈が設置されているのだった。それはまるで空飛ぶ円盤の底のように見えた。無影燈はすベてのもののコントラストをはっきりと見せる。器具も、医師たちの表情も、患者の臓器の色も、この光の下ではくっきりと輪郭を描いたように見える。患者の肌を濡《ぬ》らす消毒液の泡が光を照り返している。
 手術はまず膀胱《ぼうこう》の洗浄から始まる。手術助手のひとりが麻理子の陰部から膀胱ヘカテーテルを入れ、内部の洗浄を十分におこなった。この洗浄ももちろん無菌下でおこなわなくてはならない。
「現在一八時四七分、ドナーの心停止から七六分、腎摘出から四〇分」
「OK。始めるぞ」
 カテーテルを残したまま、吉住は切開にかかった。まず、麻理子の左の脇腹から生殖器の上部までマークをつける。これに沿って吉住はメスで皮膚を切った。これより後の切開は電気メスを用いる。白い腹筋膜を切り開くと、その下にある外腹斜筋と腹直筋鞘《ふくちよくきんしよう》が見えてくる。外腹斜筋は脇腹にある赤い筋肉で、一方腹直筋鞘は腹にある白い筋肉だ。このふたつが接する線に沿って、吉住は縦に電気メスを走らせた。さらに腹直筋の脇を開き、そしてその下の筋層を順に切ってゆく。麻理子は二年前に一度移植を受けたことがある。そのときは右に移植していた。今回は再移植となるので左側に移植腎を置くことになる。
 移植腎が置かれる位置は、本来腎が存在する場所ではなく、さらに下方、ちょうど腰と陰部の中間である。腎と連絡させる血管も腹部大動脈や下大静脈ではなく、それらから分岐する内腸骨動脈と内腸骨静脈だ。この位置は余計な臓器に術野を遮られることがないので、手術時間が長引かずにすみ都合がいい。吉住は慎重に腹膜を剥離して、腸骨の血管床を露出させた。
 吉住はまず腸骨の血管上に走るリンパ管をひとつひとつ結紮《けつさつ》し、切断していった。これはリンパ液が無用に手術部位に浸潤してくるのを予防するためである。続いて内腸骨動脈と内腸骨静脈を組織から剥離して手術の際に扱いやすいようにした。これらをあらかじめ剥離しておくことにより、腎を移植したときに起こりやすい静脈血栓症を回避することができる。さらに吉住は内腸骨動脈を結紮し、鉗子をかけてから適度な長さを残して切断した。注射筒を用いて動脈内をヘパリン液で洗浄する。
 吉住は息をついて、切開部位を見渡した。銀色の開創器で開かれた術野には、幾つもの結紮の跡が見える。細長い鉗子が血管を挟んでいる。助手が内部に残る血を拭き取った。視野は良好だった。腸骨の血管がよく見える。出血もない。次は、いよいよドナーの腎を麻理子の体と縫い合わせる段階だ。
 そのとき、吉住は急に熱さを覚えた。
 はっとして顔を上げた。だが、周りにいる助手たちは何もないかのように仕事を続けている。ぐるりと室内を見渡してみたが、誰も変化に気づいた様子はなかった。
 向かいに位置する第一助手が、吉住の行動を察知し、怪誘《けげん》な視線を送ってきた。
「どうしました?」
「いや……」吉住はマスクの下で言葉を濁した。
 熱さはまだ続いていた。神経を集中させ、この感覚の源を探った。どうやら空気の温度が上昇したのではなさそうだった。自分の体が火照《ほて》っているのだ。看護婦が額を拭ってくれた。汗をかいているらしい。
 やがて、熱は引いてゆき、正常に戻った。助手たちがこちらの様子を窺《うかが》っていた。吉住は片手を軽くあげて大丈夫だということを示し、術部に視線を戻した。
 なんだったのだろう。ドナーの腎を準備させながら、吉住は考えていた。立ち眩《くら》みではなかった。頭だけではなく、全身に熱を感じたのだ。ドナーの腎を思い描いた途端、まるでそれに呼応するかのように。吉住はドナーの夫の手が異常に発熱していたことを思い出した。あの男もこの感覚に襲われたのだろうか。いったい、なにが起こったのだろう。吉住はしばらくオペに集中することができなかった。
 腎は低温持続灌流保存装置にセットされたままになっていた。ドナーから吉住たちが摘出した腎は、市立中央病院まで運搬されるあいだ、ずっとこの装置の中に入れられていた。灌流状態や腎重量の変化などは、機械によって経時的に記録されている。吉住は手術を始める前にそれらのデータを検討し、異常がないことを確認していた。念のため吉住は現在のデータを助手に尋ねた。灌流量は一分当たり一一七ミリリットルと速く、バイアビリティが高い状態であることが推定できた。
 吉住たちは装置から腎を取り出し、血管の吻合《ふんごう》に取りかかった。はじめに提供腎の腎動脈とレシピエントの内腸骨動脈を縫合する。
 この操作は細心の注意を払わなければならない。吉住は麻理子の体を挟んで向かいに立つ第一助手と確認を交わしあいながら針を動かし、二本のプロリン糸を用いて慎重に互いの血管の切断面を合わせた。これを支持糸としてより完全な縫合をおこなう。角度に応じて手術台を動かすことにより、吉住たちが無用に腕を捻《ひね》って縫う必要がなくなる。移植腎の血管は硬化もなく、内膜が剥がれてくる心配はなかった。吻合後、助手がゆっくりと腎を創内に収めた。思わず吉住の喉から吐息が漏れた。
 腎静脈とレシピエントの腸骨静脈の位置関係は上出来だった。血管のねじれや折れがないかどうかを確認して、吉住は静脈を接合する位置を決めた。その位置の下流のニヵ所に鉗子をかけてから、接合位置に穴を開ける。血管の内部を洗浄した後、再び吉住は助手と針の受け渡しをしながら、静脈の吻合をおこなった。
 吉住が助手に目で合図を送る。助手はひとつ頷き、血管を止めていた鉗子をはずしはじめた。まず外腸骨静脈を上方で挟んでいたものを外す。続いて静脈の末端側を止めていたものを、そして最後に、動脈を挟んでいたものを、静かに外した。
 腎に血液が流れ込む。動脈を吻合した針跡からわずかに漏れ出てきたが、押さえることによりすぐに止血できた。移植された腎はレシピエントからの血液を受けて、見る間に赤く染まってゆく。表面に張りが戻る。吉住は腎の表面を手の甲でごしごしと擦って血液循環を促した。この光景を何度も見てきたが、今回ほど鮮やかな変化は見たことがなかった。臓器はまさにレシピエントの体の中で蘇ったように見える。そのとき、移植腎の尿管から透明な液体が噴出した。尿だ。助手が慌てて尿管を鉗子で持ち上げ、尿を受け皿に受けた。生体腎移植の場合は血管吻合後二、三分でこのような初尿を認めることがある。しかし死体腎のようにバイアビリティの低い腎を移植する場合には、そうしたことはほとんど起こらない。市立中央病院に勤めてからずっと腎移植を手掛けている吉住も、死体腎でこれほど元気な尿の噴出を見たのは初めてだった。この移植は成功する、と吉住は確信した。
 と。
 弾かれたように吉住は顔を上げた。
 まただ。
 あの熱さだ。
 どくん、どくんと自分の鼓動が聞こえてきた。なにかが心臓を操っている。なにかがどこからか吉住の心臓を動かしている。熱い。全身が燃えるように熱い。
 思わず吉住は喘《あえ》ぎ声をあげた。幸いに誰も気づかなかったが、吉住は苦痛をこらえるのに精一杯だった。これはいったい何なのだ? 吉住は自問した。だがその答を知るはずはなかった。なぜなのだろう、腎に血液を送り込んだ直後に熱さが戻ってきた。まるでこれでは…。
 そこまで考えて、吉住はぎくりとして腎を見つめた。
 まさか。吉住は慌ててその考えを打ち消した。あまりにもばかげていた。
 吉住はひとつ頭を振った。まだ気を逸らすわけにはいかない。これだけで手術は終わりではなかった。まだ尿路の吻合が残っているのだ。
 二、三度深く息を吐くと、ようやく全身の発熱が収まってきた。しかし体の奥で、その熱の残り火が疹《うず》くように残っていた。吉住は助手たちに自分の体の変化を悟られないよう注意しながら、吻合に取りかかった。
 まず開創器を下方にずらし、膀胱がよく見えるようにした。そして吉住は電気メスを用いて膀胱を中央寄りのところで縦に切開した。内部に注入されていた洗浄用の生理食塩水を吸い取り、中が見えるようにする。
 膀胱は恥骨の後ろにあるふわふわとした白い臓器だ。膀胱の裏側には、レシピエント自身の腎から送られてくる尿管が入り込んでいる。切開した膀胱の内側に尿管口が見えた。吉住はその横を新たな尿管口とするため、助手と共に膜を接子でつまみあげた。電気メスを入れ粘膜を掘る。この時点ではまだ穴を貫通させない。膜に対して垂直に穴を開けると、縫合後に尿が漏出してくるので、穴は斜めに開ける必要がある。吉住は直角鉗子の先端をこの穴の中に入れ、粘膜を上方にゆっくりと剥離していった。鉗子をさらに先の長いものに取り替え、粘膜の下に斜めのトンネルを広げてゆく。電気メスで穴を貫通させ、鉗子の先端を膀胱の裏側に露出させた。
 移植腎の尿管は、ドナーから切除するとき十分な長さを残しておいていた。鉗子の先端でその先端をつまみ、吉住は尿管を振らないように注意しながら、膀胱の内側へと導き出した。ほどよい長さになるまで尿管をたぐりよせたあと、余分な長さの部分を切り取った。
 続いて尿管口の縫合である。尿管の壁を反転させるようにして膀胱の内腔に広げ、糸を通してゆく。終了後、吉住は新たにできた尿管口から直角鉗子の先を入れ、確実に管が広がっているかどうか確認した。縫合の際、誤って後壁を一緒に縫い込んでしまうことがあるのだ。さらに細いチューブを中に入れて、通過性を調べた。
 これでいい。吉住は安堵の息を漏らした。移植腎とレシピエントとの接合は終了である。あとは切開した部分を順に縫合してゆくだけだ。はやく終わりたかった。
 膀胱壁を内側から縫い閉じる。そして、開創器を再び上に戻し、腎の具合を確かめた。念のため、腎の裏側から生検を採取しておく。後に組織切片を作成するためだ。これからもレシピエントの体からは定期的に生検を取ることになる。
 吉住たちは手術部位に血液の漏洩《ろうえい》がないかどうかを確認し、まわりを生理食塩水で十分に洗った。吸引式のドレーンチューブを腎と膀胱のまわりに置く。チューブの他端が体の外に露出するように残したまま、筋の縫合を進めていった。
「現在二二時三六分、腎摘出から四時間二九分です」
 閉創が終了したとき、医師や看護婦のあいだにほっとした空気が流れた。吉住も大きく息を吐いた。
 縫合の跡を見やった。この内部にあの移植腎が埋め込まれている。
 この腎はいったい何なのだ? 吉住は縫合跡から目を逸らすことができなかった。その熱はすでに弱まり、ほのかに暖かいといった程度に戻っている。どくん、どくんという音が耳元でうなっていた。いま麻理子の体内に埋め込まれた腎が自分の心臓を突き動かしている、この身体の内を発熱させている。そうとしか考えられなかった。
 レシピエントは手術後、病棟に移る。そこで細菌感染や急性拒絶反応が起こらないかどうか、数日は綿密なチェックを受けることになる。病棟へ移動するための準備が進められるなか、吉住はしかし、いつものようにてきばきとした行動をとれずにいた。からだの内に燥《くすぶ》る余熱が気になってしまうのだ。かすかに眩量《めまい》がした。休むわけにはいかない。これからもレシピエントの様子に気を配らなければならないのだ。だがこの場から逃げ出してしまいたかった。あの腎から少しでも遠くに行きたかった。あの腎のそばにいると、なにか良くないことが起こる。なぜだかわからないが、その考えを振り払うことができなかった。そんな吉住を喧《わら》うように、胸の内で心臓が力強く脈打っていた。
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