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パラサイト・イブ2-3

时间: 2019-07-27    进入日语论坛
核心提示:       3 手術以来、安斉麻理子は朦朧《もうろう》とした意識のままベッドに横たわり、医師や看護婦たちにされるがまま
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 手術以来、安斉麻理子は朦朧《もうろう》とした意識のままベッドに横たわり、医師や看護婦たちにされるがままになっていた。自分がいまどういう状態になっているのかもはっきりとはわからなかった。近視の眼鏡をかけてものを見ているようだった。
 昨日、麻酔から醒《さ》めると麻理子は病室の中にいた。灰白色の天井に蛍光灯が光っていた。そこが手術室ではなく普通の病室らしいとわかり、麻理子はすこしほっとした。そのときマスクをつけた看護婦がすぐに麻理子の顔を覗き込んできて、
「先生」
 とひとこといった。
 その声が麻理子の耳の中でうわんうわんと共鳴し、麻理子は顔をしかめた。前頭部が痛かった。視界が急にどろりと歪《ゆが》み、天井がかすんで見えなくなった。
「楽にしていなさい。手術は終わったよ」
 どこかで聞き覚えのある男の人の声がした。しかしその声もすぐに頭の痛みに変わってしまった。
 それから数時間、麻理子はうとうとしていたらしい。再び目が覚めたときはまわりに二人の看護婦がいて、なにか作業をしていた。麻理子が頭を上げようとすると、看護婦のひとりが気づいて声をかけてきた。
「ああ、動いちゃだめ。まだ手術したばかりなんだから、そのまま寝ているのよ」
 確かに、頭を動かそうとするとひどい頭痛がして、麻理子は諦《あきら》めて枕に頭を戻した。体が熱かった。風邪をひいたときのようにだるく、目がまわった。
 股《また》のあいだになにかが挟まっているような異物感があった。目をあけてみると、看護婦が麻理子の股のあたりでなにか管のようなものを扱っているのが見えた。下半身をねじってみると、その管が股から体の中に入っているのがわかった。すこし恥ずかしくなり、麻理子は顔をそらした。そういえば左の脇腹のあたりにもなにか管のようなものが刺さっていた。体の中にたまった液を取り出すためのチューブだということを、以前の移植のときに聞いたことがあった。もうひとりの看護婦が麻理子の腕をとり、なにか黒いものを嵌《は》めた。しばらくすると腕がどくん、どくん、と脈打つようになった。
「血圧を測りますからね」
 と看護婦が小さな声でいうのが聞こえた。
 ふたりの看護婦はさらに検査を続けていった。麻理子はそのあいだ目を閉じてそれに従っていた。臍《へそ》の左下のあたりになにかしこりのようなものが感じられた。触ってみたいと思ったが看護婦が脈をとっているのでできなかった。これが新しく体に入った腎臓なのかな、と麻理子はぼんやりと思った。
 腎臓。
 はっとして麻理子は目を開いた。
 自分が移植手術を受けたのだということが、ようやく現実感を伴って思い出された。夜にかかってきた突然の電話。病院へ行き、検査をして、輸血をして、医者や看護婦の人達から移植についての話を聞き……。
「くれた人はどうなったの?」
 麻理子はたまらず声を上げた。しかしその声は喉《のど》につかえ、しゃがれてほとんど聞き取れなかった。
 看護婦が手を止めて首を傾《かし》げてくる。
「くれた人は?」
 麻理子は必死に声を振り絞って尋ねた。
「くれた人?」ふたりの看護婦はわけがわからないのか互いに顔を見合わせる。
「腎臓をくれた人は? いまどこにいるの?」
「……ああ」
 ようやく意味を理解した看護婦のひとりが、ひとつ頷《うなず》いて麻理子に笑みを返してきた。
「心配しなくてもいいのよ。手術はうまくいったの。麻理子ちゃんに腎臓をくれた人も天国で喜んでくれてるはずよ。はやく麻理子ちゃんが元気になってほしいって」
「そうじゃない」苛立《いらだ》ちながら麻理子は訴えた。「ねえ、本当にその人は死んでいたの? あたしに腎臓をあげたいって本当に思ってたの?」
 看護婦たちは狼狽《ろうばい》の表情を浮かべた。そして中途半端な笑顔をつくって麻理子をあやしはじめた。
「あの、麻理子ちゃん、すこしおとなしくしましょう。手術のあとでちょっと熱も出ているみたいだから……」
 麻理子は看護婦の手を振り払って叫んだ。だが頭を上げようとしたとたん強い眩量《めまい》がして、たまらず瞼《まぶた》を閉じた。自分の声が掠《かす》れて聞き取れなくなった。
 次に目を開けたときは、ベッドの脇で父が複雑な表情を浮かべてこちらを見下ろしていた。
「大丈夫だ、手術はうまくいった」
 父はそういって、麻理子にぎこちない笑みを見せた。父は白衣とマスクをいかにも不慣れだという感じに着けていた。マスクのおかげで口元はよく見えなかったが、辛うじて見えるその目はきょろきょろと落ち着きがなく、視線は明らかに麻理子から逃げていた。麻理子は深く息をついて、目を閉じた。
「37度6分あるね、移植のあとはよく熱が出るんだ。心配しなくてもいい、おクスリをあげるから」
 父と同時に部屋へやってきた吉住という医者が声をかけてきた。この医者は、麻理子が二年前に移植をしたときにも担当してくれた人だった。麻理子はなるべくその医者の顔を見ないようにと目を閉じたまま瞼に力を入れた。
 その日は一日中看護婦が交替でそばにつき、麻理子の容体を見守っていた。一時間おきに尿の量や血圧を測り、輸液の量を調節しているらしい。麻理子はうつらうつらしながら看護婦たちのおこなう検査に身を任せていた。ときどき吉住が来てデータを見ては麻理子に声をかけてくれた。麻理子は覚えていなかったが、昨夜手術が終わった後、麻理子は放射性同位体《ラジオアイソトープ》標識された薬物を投与されて腎血流シンチを受けたのだという。新しく移植した腎に血液が入っているかどうかを調べるためなのだそうだ。吉住は優しい口調で、いまのところ急性尿細管壊死《ATN》や感染症の気配は見られないこと、もう少しカテーテルやドレーンを入れておかなければならないことなどを話した。しかし麻理子はそのたびに目を閉じ、聞いていないふりをした。
 麻理子の寝ている病室はさほど大きくない個室だった。ちょうど張り出した壁の死角になっているところに入り口があり、そこには手洗いやうがいをするたらいのようなものが置いてあるらしく、人が入ってくる前にばしゃばしやと水の音がした。
 麻理子は口にチューブを入れられ、どろりとした流動食を食ベさせられた。味はよくわからなかったが、格別まずいとは思わなかった。
「もう少ししたら、おいしいものがいっぱい食ベられるよ」
 と看護婦が励ましてくれるので曖昧《あいまい》に頷いておいた。ふと麻理子は二年前の移植手術のときのことを思い出した。
 ——「ねえ、みかんは食べられる?」
 そのとき麻理子は恥ずかしくなるほどはしゃいでいた。ありったけの食ベ物の名前を吉住に挙げたのだった。
「りんごは? ポテトチップは? お味噌汁もいっぱい飲んでいいよね? アイスクリームだってチョコレートだって大丈夫だよね?」——
 ときどき、自分の体から尿が出てゆくのが感じられた。カテーテルが入っているため、膀胱《ぼうこう》の膨張感や放出するときの痛みといったものはわからなかったが、それでもなんとなく尿道が暖かくなり、カテーテルの感触が変わって、自分が尿を出しているのだということがわかった。すこしでも尿が出ているとわかるときには、全神経を集中させた。不思議な感覚だった。この一年半、麻理子は自分の体から尿を出したことがなかった。週に三度の透析がその代わりだったのだ。トイレで小用をたすというのがどんなことであったのか、いや、それ以前に、どのようにして尿意をおぼえるのか、麻理子は咄嵯《とつさ》に思い出すことができなかった。
 断続的に麻理子は夢の中に入った。夢の中で、やはり麻理子は病院のベッドに寝ていた。部屋の中は真っ暗でほとんどなにも見えなかった。病室の扉も閉まっており、外の様子を窺《うかが》うことはできなかった。ただ、扉の下の隙間《すきま》から青白い光が薄く射し込んで来ていて、廊下は電気が点いているのだということがわかった。自分はなぜこんなところにいるのだろう、と麻理子はしきりに考え、やがて、ああ、そうか、あたしは移植手術を受けたんだ、と気づいた。寝返りを打つことはできなかったが、両手を動かすことはできたので麻理子はそっと自分の下腹部へ手を持っていった。何かが体の中でどくん、どくん、と鼓動していた。心臓の動きとは独立して、なにか麻理子とは別の命を持つものが、それ自体の拍動を繰り返していた。麻理子はじっと下腹部に手を置いたまま、神経を集中させ、それが何なのかを確かめようとした。それは麻理子の体の中から出ようと必死に暴れているようにも思えた。
 そのとき、どこからか、ぺたん、という頼りない音が聞こえた。
 麻理子は目を開け、あたりを見回した。だがなにも変化はなかった。空耳だったのかと思った瞬間、再びぺたん、という音がした。
 それは廊下のほうから聞こえてきた。ビニールのスリッパを履いて歩くときの貧弱な響きだった。誰かが歩いているのだとわかって、麻理子はほっと安堵《あんど》の息を漏らした。だがその直後、そうではないことに気づいて全身の毛が逆立った。
 人が歩くにしては歩調があまりにも遅すぎるような気がしたのだ。
 ぺたん、と、また音がした。
 麻理子はどくん、どくん、と脈打つ下腹部に手を置いたまま、扉に目を凝らしていた。気のせいか異物の鼓動が早くなったようだった。
 ぺたん。次第にその音は近づいてくる。麻理子は寒気を覚えた。風の音も、オートバイや自動車の排気音も、なにも聞こえなかった。ただその足音と、麻理子の体の鼓動だけだった。足音はもうすぐそこまで来ていた。
 ぺたん。
 そこで目が覚めるのだった。
 看護婦が心配して麻理子に声をかけ、額の汗を拭ってくれた。だが目覚めた直後は夢と現実の区別がつかなくて、麻理子は悲鳴をあげてしまうのだった。真夜中に麻理子は38度を越えた。熱にうかされながら、麻理子はその夜何度も同じ夢を見た。
 二日目には上半身を少し起こしてもいいことになった。ベッドの下にジャッキがついているらしく、ベッドがちょうど腰のあたりで曲がり、上半身が寝たまま30度の角度まで起こせるようにしてもらえた。早朝に看護婦と吉住が来て、尿と血液を採取した。父親の姿も見えた。
「昨日はどうしたんだい、悪い夢でも見たのかな」
 吉住が脈をとりながら笑顔で聞いてきた。その笑顔は皮膚に張り付いたようで、気味が悪かった。このお医者さんはあたしのことを許してはいないんだ、そう麻理子は思い、顔を背けた。
「さあ、麻理子ちゃん、お願いだからなにか話してくれないか」
 吉住はしつこく話しかけてきた。麻理子ちゃん、と「ちゃん」付けで呼ばれて、麻理子は吐き気がした。二年前も吉住は「ちゃん」付けで呼んできた。あのときはまだ小学生だったのだから仕方がないと思っている。だが、いまは中学二年生なのだということにこの医者は気づいていないのだ。
「まだ少し熱があるようだね」吉住は麻理子の返事を諦めたのか、ひとりでしゃべりだした。「おしっこにも血が混ざっている。それにタンパクが昨日は合計して2・7グラムも入っていた。これが続くと良くないけれど、きっとすぐになくなると思うよ。なに、血やタンパクがおしっこの中に入るのは、移植のすぐあとにはよくあることなんだ。熱もあしたには下がっていると思う。おしっこがちゃんと出ているんだから、この手術はほとんど成功といっていいくらいだよ。感染症は出ていないから安心するといい」
 吉住の声が頭にがんがんと響いた。
 麻理子の脳裏に二年前の出来事が映し出された。薬を飲まなかったのではないかと訝《いぶか》る吉住の表情。それに父親の目つき。麻理子は目をつぶり、かぶりを振った。しかし二人の顔が頭にこびりついて離れようとしなかった。麻理子は耐え切れずに声を張り上げていた。
「先生は、またあたしの移植が失敗すればいいと思っているんでしょ!」
 びくりとして吉住があとじさった。後ろにいる麻理子の父と看護婦が目を見開いて硬直している。
「な、なにをいい出す……」
「そう思ってるんだ!」吉住の声を遮って麻理子はわめいた。感情が止まらなくなっていた。「前のときはあたしのせいで失敗したと思ってるんだ。あたしのことを悪い女の子だと思ってるんだ、だから今度も失敗すればいいと思ってるんだ!」
「麻理子、やめないか」
 狼狽《ろうばい》した父親が言葉をはさんできたが、麻理子は自分を制することはできなかった。言葉が溢れてきてとまらなかった。吉住が触れようとするのを大声で拒絶し、泣き散らした。看護婦がおろおろしながら麻理子に手をかけ、寝かしつけようとしたが、麻理子はそれを振り払った。
 そのとき、脇腹に挿入されているドレーンがねじれ、麻理子の体内に痛みがはしった。麻理子は悲鳴をあげて顔を枕に押し付けた。ようやく自分が何をしているのかに気づき、激情がおさまった。
 しばらく寝ていると背中や腰のあたりが痛くなった。看護婦にいうとすこし体の向きを変えてくれたが、それでも痛みはひかなかった。熱と背中の痛みで、麻理子は朦朧とし、目を開けているのさえ億劫《おつくう》になった。
 その夜も麻理子は夢を見た。暗い部屋の中に寝ていると、やがて、あの、ぺたん、という足音が聞こえてきた。ゆっくりと、だが確実にその足音は麻理子の病室へ近づいてきていた。麻理子は扉の下の隙間から漏れる光を凝視していた。
 なぜか麻理子はその音が怖かった。
 きっと看護婦さんが見回りしている足音なんだ、そう思ってみても、心の底から湧き起こってくる不安を消し去ることはできなかった。誰かがこの部屋へやってこようとしている、看護婦さんやお医者さんではない、なにか怖いものが歩いてくる、そう思えてならなかった。
 体の中ではふたつのものが息苦しくなるほどのはやさで鼓動していた。ひとつは麻理子の心臓だった。ぺたん、ぺたん、という音が近づくにつれ、怖くなって心臓はどくどくとはやさを増した。だがもうひとつのものは、むしろ喜んでいるようだった。ぺたん、という音がするたびに、麻理子の下腹部に入り込んだそれは嬉しそうにどくんどくんと動いた。頭と耳に両方の鼓動が響き、全身が熱くなった。胸と下腹部がそれぞれ勝手に暴れ、麻理子はふたつの鼓動で体がばらばらになりそうだった。
 ぺたん。
 扉の下の隙間に、すっと人の影が入り込んだ。麻理子は声にならない悲鳴をあげた。人影はそのまま動かない。麻理子の部屋の前に立っているのだ。
 影は向きを変えた。麻理子の病室のほうを向こうとしている。方向を変えるときに小さく、ぺたん、という音がした。
 心臓が飛び出しそうだった。逆に下腹部に棲《す》みついたものは狂喜したように体の中で動き回っている。腰がぶるぶると震え、ベッドが軋《きし》んだ。背中が汗でぐっしょりと濡《ぬ》れていた。
 ドアを注視していた麻理子は愕然《がくぜん》とした。
 ノブがゆっくりと、ゆっくりと回転している。音も立てず、ちょっと見ただけではわからないほどの速度で、ノブが回転していた。扉の向こうにいるものが、中へ入ってこようとしているのだ。
 どくん。
 麻理子の下腹部が跳《は》ね上がった。ベッドがバウンドし、麻理子の体がわずかに宙に浮いた。腎臓だ、と麻理子は思った。体の中から、移植された腎臓が出て来ようとしていた。麻理子は息が詰まりそうになりながらも、しかしノブから目を離すことができなかった。ようやく、麻理子は誰がやってきたのか思い当たった。そして絶望的な気持ちになった。あんなに動いていた心臓が、ばったりと止まった。
 扉が静かに動いた。部屋の中に光が射し込んでくる。
 麻理子は絶叫し、そして目を覚ました。
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