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パラサイト・イブ3-3

时间: 2019-07-27    进入日语论坛
核心提示:       3 利明ははっとして浅倉の顔を見つめた。 いま、なんといった? だが浅倉は悠然と続けていった。「今日、ここ
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 利明ははっとして浅倉の顔を見つめた。
 いま、なんといった?
 だが浅倉は悠然と続けていった。
「今日、ここに集まっている人間は幸運です。これから始まる新世界のことを、初めて耳にすることができるのですから。私もこうして人間たちに語りかける機会を得ることができたことを嬉しく思っています」
 利明は目をしばたたいた。浅倉は練習したときとは全く違うことを喋っている。
「私はこれまであなたがたの体の中で暮らしてきました。私はあなたたちが進化してきた歴史をずっと見てきたのです。私の記憶の中にはそのすベてが保存されています。そう、あなたたちがミトコンドリア・イヴと呼ぶ女性のこともはっきりと思い出すことができます」
 場内がざわめき出した。皆、何が始まったのかわからないといった表情をしている。司会者は呆《ほう》けたように口を開いていた。その視線は浅倉の顔とプログラムのページをいったりきたりしている。
「ここで私が説明しなくてもおそらくあなたがたはご存じでしょうが……、念のために話しておきましょう。ミトコンドリアDNAは、よく知られるようにヌクレオソーム構造を取っていないため、活性酸素の影響を受けやすいのです。したがって核ゲノムの約十倍の速さで突然変異が起こります。そこであなたたちは、これを生物時計に利用できないかと考えた。ミトコンドリアDNAが何年で一残基変異を起こすのかを計算しましたね。ふたつの生物からそれぞれミトコンドリアDNAを採取し、そのふたつの遺伝配列がどれだけ異なるかを調べれば、いつそのふたつの生物が進化の過程で分かれたかがわかる。進化の系統樹が描けるというわけです」
 そのとおりだった。確かにその方法で、近年生物の進化について貴重な発見が幾つか報告されている。だが……、と利明は語《いぶか》しんだ。浅倉はいったいなにをいいたいのだ?
「そして皆さんは、この方法で人間の祖先を決定しようと試みた。さまざまな人種の人間からミトコンドリアDNAを取り、その変化の度合いを調べた。そしてすべての人種がアフリカのひとりの女性に行き着くことを知ったわけです。そしてその女性のことを、あなたがたはアダムとイヴの神話に因《ちな》んでミトコンドリア・イヴと名付けた。つまり、ホモ・サピエンスはアフリカで誕生し、全世界へ広がっていった。これがあなたたちのいうアウト・オブ・アフリカ説、そうですね。最近ではそれに対して諸説が提出されているようですが……、私が保証しましょう。確かにミトコンドリア・イヴはアフリカに存在しました。その場所も私は正確に示すことができます。なぜなら、私はその記憶を持っているからです。私がミトコンドリア・イヴだったのです。もちろんそれ以前、あなたがたがルーシーと名付けた生命体の中にも私は潜んでいました。さらに遡《さかのぼ》って小さな哺乳動物、魚類、そして、そう、あなたたちがまだ弱々しい単細胞生物だったときからです」
 ざわめきがさらに大きくなった。
「どういうことなんだ、これは」篠原が利明の腕をつかむ。
 利明は思わず立ち上がっていた。わけがわからなかった。だが浅倉が正常でないことは確かだった。
「ああ、君、いったいこれはなんのまね……」
 うろたえた司会者が浅倉の声を遮ろうとした。すると浅倉は凄《すさ》まじい形相で司会者を睨みつけた。
 うっ、と司会者が胸を押さえて坤《うめ》いた。熱い、熱いと口をぱくぱくさせ、机の上に突っ伏した。顔が真っ赤になっている。それを見て場内が騒然となった。どこからか甲高い悲鳴が上がる。
「静かになさい!」
 浅倉が一喝した。
 引き裂くようなマイクのハウリングが響き渡った。皆それにびくりとし、立ち上がったまま硬直した。利明もそのままの姿勢で浅倉を凝視していた。誰も動かなかった。ただひとり、司会者が口から泡を出して悶絶《もんぜつ》している。
 ハウリングがゆっくりと消えていったところで、浅倉は表情を戻した。そして静かに笑みを浮かベた。利明はぞっとした。それは今にも拷問に処されようという囚人に女王が見せる、蔑《さげす》んだ慈悲の笑みだった。
「黙って聞くのです。そうしないと、この司会者のようになりますよ」
 誰かがごくりと喉《のど》を鳴らした。
 緊張する聴衆を眺め渡し、浅倉は話を再開した。
「私はあなたたち人間がここまで進化するのを待っていました。もちろん私も随分手助けをしましたが、それでもこうして学会を開き、私のことを研究した成果を発表してくれるようになるとは嬉しい限りです。これまでの試行錯誤が報われたのですから。ここまでくるのに随分時間がかかりました。なにしろ誤算も大きかったのですからね。恐竜を進化させる道が途絶えたときは私もさすがに苦労しました。しかしあなたがたはあの時代を生き抜き、ここまで進化してくれた。予想以上の結果に私は満足しています。ありがとう。あなたたちの役目は終わりました」
 そして突然、浅倉の声が変わった。
「私があなたたちにとってかわります」
 利明は浅倉のバッグを取り落とした。
 聖美の声だったのだ。
 がくがくと膝《ひざ》が震え出した。信じられなかった。いま浅倉の口から発せられたのは、まぎれもなく聖美の声だった。浅倉が聖美の声を出し続けていった。
「あなたがたはミトコンドリアDNAがそこまで変異を起こしやすいことを知っていながら、なぜ私のことに気づかなかったのか不思議に思っています。私はあなたがたのゲノムより十倍速く変異する。それはつまり、私のほうが十倍速く進化するということなのですよ。あなたがたの進化の歴史は、私が闘って勝ち取ってきた進化の歴史です。そして、これから進化の次の段階が始まるのです。私がその新時代の始まりを、いまここで宣言します。これから世界は私の子孫の手によって繁栄を続けていくことでしょう。私の子孫は全く新しい、究極の生命体となるはずです。あなたがた人間の能力を受け継ぎ、私の能力を受け継いだ、完壁な生命です。あなたがたは残念ながらその繁栄を見ることはできないでしょう。ホモ・ネアンデルターレンシスと呼ばれた生物が、ホモ・サピエンスであるあなたがたの先祖によって駆逐されていったように、もうすぐあなたたちも全滅するのですから」
 聖美の声が演説を続けていた。浅倉は陶然とした表情を浮かベている。
 浅倉がミトコンドリア・イヴだとはどういうことなのだ?
 利明はしかし、その単語からあることを連想し、あっと声を上げた。
 Eve1だ。
 喋っているのは浅倉ではない。Eve1だ。
 突拍子もない考えだった。だが利明は確信した。Eve1が浅倉に取り懸《つ》いている。それがいま浅倉の口を借りて喋っているのだ。
 
「やめろ!」利明は叫んだ。
 場内が硬直した。
 全ての聴衆が利明に驚きの視線を向け、そのまま髪の毛の先まで石のように固まった。光も、空気も、音も止まっていた。完全な静寂だった。
 その中で、ひとり浅倉がゆっくりと動いた。
 演説していたときに上げていた片手を降ろし、演者席の台の上に置いた。得意げに開いていた唇が静かに合わさり、頬《ほお》から力が消えた。やや吊《つ》り上がった眉は、鳥が羽根を休めるように平らになっていった。
 浅倉は悠然と利明に顔を向けた。利明の視線を捕らえてくる。
 そして浅倉は狼雑《わいざつ》な笑みを浮かべた。
「利明……」
 聖美の声でいう。甘ったるい、鼻にかかった声だった。瞳を潤ませ、熱い視線を送ってくる。
 利明は思わず目を背《そむ》けた。
「どうして私を見てくれないの? 利明、私がわからないの?」
 場内の呪縛《じゆばく》が解け、再びざわめきが起こった。浅倉はさらに聖美の声で利明を誘惑しはじめた。
「あんなに優しくしてくれたじゃない。忘れてしまったの、利明? こっちを向いてちょうだい。さあ見て。どんなポーズを取れば気に入ってくれるかしら?」
 利明は唇を噛《か》んだ。浅倉の嗤笑《わらい》が聞こえてきた。嘲《あざけ》るようにいう。
「そうよね、あなたはこの体は好きじゃないわよね。あなたの好みだったらなんでも知ってるわ。あなたは私の体じゃないとだめなのよね」
「やめろ」利明は堪えきれずに叫んだ。浅倉を睨む。「おまえが誰だかわかってるぞ。浅倉から離れろ」
「なにをいってるの。私は聖美じゃないの」
「違う。おまえは……おまえはEve1だ。俺が育てた細胞だ」
「ようやくわかったのね」
 浅倉は唇を歪《ゆが》ませて笑った。
「はやく浅倉から離れろ」
「……いいわ、あなたの望みなら」
 そういい終わった瞬間、浅倉の体ががくんと痙攣《けいれん》した。口が大きく開き、白目を剥《む》いた。だらりと赤い舌が口の外に垂れた。
 場内の人々が一斉に息を呑んだ。
 浅倉の口からごぼごぼという汚らしい音が漏れた。涎《よだれ》が飴《あめ》のように糸を引いて浅倉の口から流れ出る。浅倉は自分の首筋を掻《か》きむしっていた。
 いけない。
 利明は弾かれるようにして前に踏み出した。浅倉の立つ演者席へと進んでいった。何列にも並べられた椅子が利明の足をからめた。椅子を払いのけ、人を掻き分け、何度も転びそうになりながら、浅倉の名を叫び、利明は走った。だがもどかしくなるほどその速度は遅かった。
 浅倉の喉からなにかが現れた。
 全体が液で包まれ、てらてらと光っていた。それが唾液《だえき》なのか胃液なのか利明にはわからなかった。それは赤みがかったピンクだった。ぶよぶよと浅倉の口のなかで錨《うごめ》き、そしてゆっくりと這《は》い出てきた。まるで壷《つぼ》の中から現れた蛸《たこ》のようでもあった。触手を伸ばし、浅倉の顔を覆った。そして喉を掻きむしる両手を捕らえ、さらに浅倉の胸部へと侵攻していった。それは自在に形を変え、蠕動《ぜんどう》を繰り返し、浅倉の体を覆っていった。浅倉の体がびくん、びくんと弾けるように波打つ。汚泥《おでい》が沸騰するような音を立てて、それは完全に浅倉の中から姿を現した。肉の襞《ひだ》だった。不定形にぬめる肉の化け物だった。消化器官が裏返り浅倉の体を覆っているようだった。
 利明は聞いた。他の者にはわからなかったかもしれないが、確かにそのとき利明は聞いた。完全に呑み込まれてしまった浅倉の顔のあたりから、かすかに、
「たすけて……」
 という声がした。
 それは浅倉自身の声だった。
「浅倉!」
 利明が叫んだ直後、浅倉が発火した。
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