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パラサイト・イブ3-16

时间: 2019-07-27    进入日语论坛
核心提示:       16 吉住は声を出すことができなかった。 それは洗面台の排水口から噴出してきた。ぶよぶよと轟き壁にへばりつ
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        16
 
 吉住は声を出すことができなかった。
 それは洗面台の排水口から噴出してきた。ぶよぶよと轟き壁にへばりついたかと思うとどろりと床に落下した。ピンク色のヘドロのようだった。洗面台に残りの塊がゆっくりと動き台の縁から滑り落ちた。ふたつの塊が床で混ざりあった。そして不快な音を立てながら隆起していった。
 ふたりの看護婦が抱き合いながら床に座り込み泣き喚《わめ》いていた。麻理子は目を大きく見開いたまま動かない。悲鳴を上げようともしない。いや、体が小刻みに振動していた。がくがくと上半身が前後に揺れている。あまりのショックに金縛りにあってしまったのだ。
 その物体はゲルのように流動を続けながら屹立《きつりつ》していった。吉住は後じさった。膝が震えている。倒れそうだった。物体はさらに伸びてゆく。滝が逆流しているようであった。時折り排水口からぶしゅっ、ぶしゅっと臭いのきつい下水が飛び出してくる。物体はそれを浴びぬらぬらと光を反射させながら大きくその形を露《あらわ》にしてゆく。吉住の臑《すね》に何かがあたる。バランスを失い後方へ手をついた。麻理子のベッドだった。吉住はベッドの縁に尻餅をついた。指の先に麻理子の脚が触れた。
 柱が大きくなるにつれそれは次第に複雑な形に変形していった。頭頂が丸くなりその上部から細いものがざわざわと生え始めた。柱の中心のあたりがくびれ、その両脇からなにか触手のようなものが分離し始めた。吉住はそれを信じられない思いで見つめていた。目の前で形作られようとしているのは人間だった。女性の全身像だった。触手はやがて五本に分かれ指となりそこから腕が現れ肩へと切れ込みが入っていった。柱のくびれた部分の中心に小さな臍《へそ》ができその上は箆《へら》でそいだような腹がか造られそしてさらにその上に双球が盛り上がり、また膀の下部は重量感を増しその中央に切れ込みが入りそれを複雑な襞と細い何百もの触手が覆っていった。肩の上が急激に窄《せば》まったかと思うと喉仏が出現し頭頂部に位置する丸い塊はどろどろと波打ちながら鼻を口を耳を頬を顎を額を造り最後にふたつの眼を刻んでいった。吉住は激しく首を振っていた。そこに現れようとしている女性の姿、そしてその顔には見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころではない、はっきりと覚えていた。ドナーだ。それは麻理子のドナーだった。吉住がその手で腎を取り出したのだ。メスで体を切り開き中に手を入れたのだ。そのドナーが生きているはずはなかった。ここに現れるはずはなかった。吉住は事実を受け入れまいと首を振り続けた。
 その物体は完全に女性の体へと変体を遂げていた。いままで閉じられていた瞳がかっと見開かれた。その眸は吉住と麻理子を見下ろした。
 そしてそれは笑みを浮かべ、吉住にいった。
「どきなさい」
 吉住は動けなかった。その視線に呑まれていた。獲物を狙っている眸だった。麻理子を狙っている、そう吉住は感じた。この物体は麻理子を狙っている。物体がもう一度口を開いた。
「どきなさい」
 突然、部屋の隅でうずくまっていた看護婦のひとりが奇声を上げて立ち上がった。吉住の硬直が解けた。看護婦のほうに顔を向ける。看護婦は涙と誕《よだれ》で顔をぐしゃぐしゃにしていた。いきなりばたばたと腕を振り回し、ドアへと駆け出した。
 それを物体が睨みつける。
 吉住はあっと声を上げた。
 突如として看護婦の体から炎が上がった。
 たちまちのうちに看護婦の全身が火炎に包まれた。看護婦の体が黒く焦げついてゆく。頭上で束ねられていた髪がじりじりと縮れてゆく。だが炎はおさまらない。それどころかさらに激しくなってくる。息もできないほどの熱風が起こった。炎が天井まで届く。吉住は両腕で顔を庇《かば》いながらも目を閉じることができなかった。激痛を訴える看護婦の声が部屋中に反響した。その大きく歪み広げられた口の中から覗くエナメル色に燃える歯が鮮やかに吉住の目に飛び込んできた。看護婦はよたよたと歩きなんとか火を消そうと腕を振り回していた。だが無駄だった。その炎の威力は強大だった。ロケットの噴射口のように轟音を立てている。白衣がぼろぼろとはがれ落ち床に散らばる。それすらも数秒のうちに縮れ消えていってしまう。肉が焦げる強烈な匂いが吉住の鼻を衝いた。看護婦はすでに人間の体を留《とど》めていなかった。あまりの業火に溶けてゆくのだ。肉がゼリー状になって骨からはがれ落ちてゆく。そしてその骨も見る間に縮み、崩れ、塵となってゆく。頭上で激しくベルが鳴り始めた。火災警報機が反応したのだ。けたたましいベルの音の中で看護婦の体がどろどろになってゆく。狂気のような音と熱気の中で吉住は呆然となっていた。
 看護婦の肉体が見えなくなったところで急速に炎は収束し消えていった。炎の轟音が消え頭蓋《ずがい》を揺さぶるようなベルの音だけが続いている。看護婦が炎に包まれた場所は、しかし床も壁もまったく焦げついていなかった。熱で変形しているわけでもない。吉住は目を瞠《みは》った。ただそこに看護婦が存在していたという証拠を残すかのように、じくじくとしたゼリー状の塊と、そして看護婦の右足が一本、ごろりと床に転がっていた。膝から下の部分が無傷で残っている。その肌は滑らかで、ストッキングが残っている。足には内履きさえ履かれている。それだけがしまい忘れた商品のように転がっている。吉住はそれを凝視していた。頭の中にあるこれまでの常識がばらばらになって落ちてゆきそうだった。
「ひいい……、ひいいい……」
 もうひとりの看護婦が誕を垂らしながら両手で顔を掻きむしっていた。その目は焦点が定まっておらずどろりとしている。看護婦の内股《ふともも》から液体が流れ床を汚していた。失禁したのだ。
 ドナーの姿をしたその物体は、ゆっくりとその看護婦のほうを向いた。蔑むような笑みをその唇に浮かベている。
「やめろ」
 吉住は声を出していた。だが自分でも情けなくなるほどかすれた声しかでなかった。ベルに消されほとんど自分でも聞き取れない。
「やめてくれ、お願いだ」
 物体は吉住を無視した。
 看護婦を睨む。その瞬間、また炎が上がった。
「ああ」
 吉住は目を背けた。
 全く同じことが起こった。とてつもない熱風が吹き荒れる。部屋の中は灼熱だった。今にもすべてのものが自然発火してしまいそうだった。ひいい、ひいいいという看護婦の声がベルと同じくらいの音量で吉住の体を震わせた。吉住は目を閉じ耳を両手で塞いだ。だが燃え盛る炎の音とじりじりと打ち鳴らされる警報ベル、そして歯の間から絞り出されるような看護婦の悲鳴が容赦なく耳に突き刺さってきた。
 だがすぐにその声は消えた。おずおずと視線を向けた吉住は、そこにあるものを見た瞬間、絶望の坤きを上げた。
 もうひとりの看護婦がうずくまっていた場所には、やはり粘着性のゼリーが広がり、そして今度は片手が転がっていた。肘《ひじ》から先端部分だった。淡いピンクのマニキュアが爪に塗られている。その肌は白磁のように美しかった。
 吉住は不意に、ずっと前に読んだ奇怪な報告文書を思い出した。まだインターン時代に法医学関係の雑誌で読んだそれは、人間の自然発火に関する報告だった。大抵は隣人がその現場を発見する。煙の匂いに気づきそこへゆくと、ドアのノブは触《さわ》れないほど熱く、部屋の中は熱気に満ちている。現場では不快臭を放つねばねばとした粘液状の物質と、そして大抵は片足など犠牲者の体の一部が発見される。ところが犠牲者が着ていた衣服や、あるいは座っていたと思われるソファなどはほとんど焼け焦げが見られない。暖炉の火種、マッチの燃えかす、ガソリンなど、犠牲者が焼身自殺を試みようとした痕跡も見当たらない。突然犠牲者の体が溶鉱炉のような炎によって溶かされたとしか考えられない状態なのだ。しかし人間の細胞を液状に変化させるには一六〇〇℃以上もの高温が必要だともいわれている。いったいどうやってそんな高温をつくることができるのか。そしてどうやって人間のみを選択的に発火させることができるのか。人間の自然発火の例は決して少なくない。しかしその原因はまったくわかっていない。
 これがそうなのだろうか、と吉住は思った。これが自然発火というものなのだろうか。この女性に変体した物体は、人間を発火させる能力を持っているのか?
「どきなさい」
 その物体にいわれ、吉住はびくりとして顔を上げた。
 妖然《ようぜん》とした笑みをたたえてそれは立っていた。吉住のほうに近づいてくる。いや、そうではなかった。物体は麻理子に近づこうとしているのだ。
「どきなさい」再度物体がいった。
「……だめだ」
 吉住はかすれた声で答え首を振った。
「あなたは殺したくない、だから素直にどきなさい」
「だめだ……。これは俺の患者だ」
「あなたの患者?」その物体はふんと鼻をならした。「それなら私だってあなたの患者」
「……なんだって?」
「先生、あなたには感謝してるわ。この女の面倒をちゃんと見てくれた。でもあなたの役目はこれで終わり。あとはあなたがここから出ていってくれればいい」
「………」
 何のことか吉住にはわからなかった。ドナーの女性に化けたこの物体がなにをいっているのか理解できなかった。
 物体は歩み寄ってきた。吉住は反射的に麻理子をかばうようにしてベッドの上に伏せた。麻理子は目を開いたまま硬直している。失神しているのかもしれない。だがむしろそれは幸いだった。麻理子に看護婦たちの凄惨《せいさん》な姿を見せずに済んだことになる。
 物体が吉住に手をかけた。吉住は振り払った。だが再びつかまれた。その力の強さに吉住は思わず悲鳴を上げた。無理やりベッドから引き離される。
 吉住は壁に叩きつけられた。額に激痛が走る。目の中に血が流れ込んできた。
「やめろ」
 吉住はわめいた。頭がずきずきと脈を打っている。ベルはまだ鳴り止まない。警報が鳴り出してからとてつもない時間が過ぎ去ったように思えた。
 物体がベッドに乗り、麻理子の上に馬乗りになろうとしていた。引きちぎるようにしてシーツや麻理子の寝間着をはぎとってゆく。麻理子の痛々しいほどの裸身が吉住の目に入った。
「やめろ」
 吉住はふらふらと立ち上がった。物体の背中に両手を振り下ろす。物体の体は粘液状でぬらぬらとしていた。吉住の腕が中にずぽりとめりこむ。物体は吉住にはかまわず麻理子の衣服を取り払ってゆく。吉住はしかし、何度も物体に拳を振り下ろした。やめうとわめきながら無駄な攻撃を続けた。
「止しなさい」
 物体が首をひねり吉住を睨んだ。吉住は拳を頭上にあげたまま動けなくなった。
 物体の瞳が収縮した。
 それと同時に、吉住の両腕から火があがっていた。
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