彼女は部屋の中を見渡した。
中は手術室のようだった。しかし聖美や麻理子が手術を受けたところとはやや様相が異なっていた。部屋は狭く全体的にごみごみしている。床も汚れが目立った。ステンレス製の手術台が三台並べられており、その中央には全裸の男性が横たわっていた。台の両脇に緑の手術衣をまとった男がふたり、呆然とした目で彼女を見つめている。
「お、おい、剖検中……」
ひとりがマスクをかけた口で咎《とが》めるようにいってきた。火を放つわけにはいかない、警報機を鳴らせば居場所が知られてしまう。彼女はひと睨みして先程の男と同じようにその男の心臓を停止させた。男は奇妙な声を発しながらあっけなく倒れた。
もうひとりの医師が目をしばたたきながら後じさりをはじめた。何かいおうとしているのかマスクが動いている。しかし声は聞こえなかった。彼女は麻理子をひきずるようにしてゆっくりと部屋の中へ進んでいった。手術台の上の男を見る。肌は白く、完全に死んでいることがわかった。腹部が正中線に沿って切り開かれており、その中で乳白色の脂肪や腸がのたうっているのが見てとれる。彼女は死体の腕をつかみ、台から引きずり降ろそうとした。
だが、ずるりと音を立てて彼女の手が崩れた。はっとして彼女はその手を見つめた。形を戻そうと増殖シグナルを送る。だが細胞は反応しなかった。
すでに彼女の宿主細胞は壊死《えし》を起こしはじめていた。聖美の形態のあちこちがどろどろと流れ始めている。Eve1としての生命が終わりに近づいているのだ。急がなくてはならない。
彼女は両腕を用い、台の上の死体を動かした。鈍い音を立てて死体が床に転がる。聖美の肩がねじれ、腕が胴体から分離しかけた。
手術医は壁にへばりつき、しきりにぱくぱくと口を動かしている。目障りなので彼女はその男も処分した。
彼女は長く絶頂の声を伸ばし大きく体を反りあげた。そのまま体が崩壊してゆくのがわかった。だが彼女は最高の悦びで満たされていた。受精卵は着床した。すぐに彼女の娘が生まれてくる。もうすぐ世界が変わるのだ。彼女の娘たちがこの地球のマスターとなるのだ。長かった、ここまで途方もなく長い時間を費やしてきた、だがこれで全ては報われる、彼女たちの世界が始まる、もう核ゲノムに奴隷として仕えることはない、ついに彼女たちがこの世界をつかむのだ。