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ことに、馬蕗《うまぶき》の利平治《りへいじ》の嘗帳《なめちよう》は大したもので、二冊合せて二十余件におよぶ商家の家風《かふう》・行事から財産、奉公人の人数、主人夫婦の嗜好《しこう》までが、くわしく調べあげられ、店舗や住居《すまい》の絵図面まで添えられているではないか。場所は北陸から近江、上方、中国すじばかりではなく、江戸にも数件あった。
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[#地付き]「熱海《あたみ》みやげの宝物《たからもの》」
深夜、仕事が終わってからのんびりとシングルモルト・ウィスキーを飲む。
某夜、テレビをつけると芸能人が回文(上から読んでも下から読んでも同じ文になる言葉)の披露をやっている。面白い企画だが面白いものがない。
ちなみに、小生の知る回文のなかでもっとも気に入っているのは、
「寝ているわたしにナニした悪い手ね」
というものである。
テレビを消してグレンリヴェットをちびりちびりやりながら、さっそく自分でもやってみることに。ヒントになる回文があって、
「農家もイモ買うの」
という秀作をつくる(まあ誰もが思いつく回文かもしれないが)。
今宵《こよい》はウィスキーがうまい。よし、次は本でも読もう。迷ったあげく、中野翠さんの『会いたかった人、曲者天国』(文春文庫)にする。
まえがきの冒頭に「世の中にコレクターという異常な人種が存在する。たいてい男である」とある。うーん、さすがに鋭い。
そういえば、あいつも男、そう、あれも男だ。富士には月見草、美人には傲慢が似合うように、男にはコレクションがよく似合う。感心しながら、ボウモアを飲むことに。
『鬼平犯科帳』には、押し込みに適当な商家や豪家をこと細かく調べあげて記録するコレクター(嘗役《なめやく》)が登場するが、意外や意外(これ回文)、これが皆どういうわけか、揃いもそろって男である。
どうして男はこうした収集癖があるのか。
疑似帝国をつくりあげて君臨したいという欲望があるからだという説が有力のようだ。
では、なぜ男だけが自分だけの小宇宙をつくることに夢中になるのか。ラガヴァーリンに手が伸びる。
「たぶん、男は生まれながらにアイデンティティの不安とか空虚感といったものを抱えていて、その欠損を何かにすがりついて埋めたくてたまらないのだろう」
というのが中野翠さんの説だ。コワいね、中野さんの観察は。
小生の頭には、男はつねに「強くあること」や「頼りになる存在であること」を何らかのかたちで周囲から要求されており、そこから逃避したいという願望と、逃避してはいけないという抑圧が疑似帝国の建設に走らせるのではないか、という学術的な仮説がひらめく。
ふふふ、今夜のおれは冴えていると感じ入って、今度はマッカランに手を伸ばす。
眼がだんだん朦朧《もうろう》としてきた。
モルトウィスキーの壜《びん》を眺めながら、もっとこのコレクションを広げたいなあと思う。
不敵な笑みもこぼれる。