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「金と申すものは、おもしろいものよ。つぎからつぎへ、さまざまな人びとの手にわたりながら、善悪二様のはたらきをする」
「ははあ……」
「その金の、そうしたはたらきを、われらは、まだ充分にわきまえておらぬような気がする……」
何やら、しみじみと、平蔵がいったものであった。
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[#地付き]「赤《あか》い空《そら》(雲竜剣)」
不思議だ。お金というのはとても大事なものなのに、その扱いについては小学校でも中学校でもいっさい教えてくれない。ところが、成人してお金のことで失敗すると、あれやこれやと非難される。これはもうほとんど理不尽の世界といってよい。
お金とはいったい何者なのか。
こうなったら、その正体をさぐるべく、お金を尾行してみることにしよう。と思ったら、少数ながらもわざわざむこうからやってきてくれた。そうかそうか。ほんに愛《う》いやつよ。懐がほっこり温かいのは何ともいえず格別よのう。でも、きょうはおまえさんを手放さなくてはならないのだよ……というわけで、こっそりとお金のあとをつけてみると──べつだん用もないのに仲間のいるところへよく顔をだすことがわかった。かなり偏りのある交友関係を築いているようだ。気まぐれのうえに淋しがり屋なのか。聞くところによると、友だち付き合いもマメで、仲間うちで海外旅行に出かけたりもするらしい。が、政情が不安定なところへは行きたがらないようだ。けっこう用心深い性格である。
尾行二日目の晩、お金たちがヒソヒソ話をしているのを目撃した。そばによって聞き耳をたてると、
「いいカモが見つかったわよ」
「どんな奴?」
「ずぼら。ぐうたら。なまくら。働いてもいないのに、お金を見ると一日の疲れがとれるなんていっていた。とにかく金さえ手に入れば、人生それでハッピーと思ってるような人間」
「ラクしておれたちが手に入ると思っているのかな?」
「そうらしいわね」
「だとしたら、おれたちの努力と才能に対する侮辱だ。目には目を、だな」
「いいえ、目には目と歯よ。で、どう、ちょっとからかってみない?」
「いつものやつ?」
「そう。みんなで押しかけて大名気分にさせたところを、そう、一斉に引きあげるって寸法……」
などと密談しているのである。自尊心が強く、コケにされるのをひどく気にする性質《たち》のようだ。ハテ、これ、誰かに似ていないか。気まぐれで、淋しがり屋で、用心深く、自尊心が高いといえば、そう、現代ニッポンに生きる最大公約数的な平均的日本人の姿である。お金とはつまり、それをもつ人間の心や価値観、その総体としての社会を映しだす合わせ鏡であったというわけだ。さらにいえば、お金とはわたしたち一人ひとりの欲に対する態度がそのまんま反映されたものである。この断定には自信がある。私の年金を賭けてもいい。