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「なれど、兇悪なやつどもが蔓延《はびこ》る今の世に、この長谷川平蔵と、おぬしたちほどの盗賊改方が他に在《あ》ろうか。在るはずはない」
慢心ではない。
これは平蔵の自信であった。
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[#地付き]「春《はる》の淡雪《あわゆき》」
どれほど才能に恵まれていても、ひとりの人間にできることには限界がある。
そこで人は、ひとりではとうてい達成しえない目的を成し遂げるために「組織」というものを考案した。これが会社のはじまりである。
とはいっても、やたらに数だけを集めればよいというものではない。
それが烏合《うごう》の衆であっては、目的の達成どころか、まともな戦略すら立てることができない。休まず、遅れず、働かずというような者がたくさんあつまったからといって戦力になるはずもないのだ。
確乎たる目標を掲げる組織には、それに見合ったすぐれた能力と際立った個性をもった人間ができるだけ多く集まらなくてはならない。
本田技研工業を�世界のホンダ�にせしめた立役者のひとりである藤沢武夫は、創業者の本田宗一郎について、「これ以上はないという人にめぐり会えた」と述べたあと、次のような感慨を語っている。
「よく私に経営哲学があるかのようにいわれますが、それは本田という人と出会って、一緒に仕事をしたから、結果としてできたことであって、あの人と組まなければあり得なかったものです」(『経営に終わりはない』文春文庫)
まず人ありき、というのである。
古来、東西を問わず、組織の成功に欠かせないのは、なんといっても個人の資質である。そして、優秀な人間が多ければ多いほど、成功の可能性はより高くなる。
「三人寄れば文殊《もんじゆ》の知恵」というが、能力のない三人を寄せ集めても「下手の考え休むに似たり」なのだ。一本なら簡単に折れる矢も三本まとめると折れないという「三本の矢」の教訓は、組織づくりの観点からいえば、「弱い三本の矢は束ねても弱いが、強い三本の矢は束ねるとよりいっそう強くなる」と読み換えるべきである。
結論をいうと、才能の集団が運悪く失敗することはあっても、一流の才能を欠いた会社が一流になることなど絶対にあり得ないのである。小生が四人結集してもけっしてビートルズにはなれないし、十一人あつまってもレアル・マドリードにはひとつも勝てないのだ。
才能が集結した組織は、当初の目的を達成すると、やがて「ひとりではできないことをやる」から、「組織にしかできないことをやる」という積極的目標を掲げるようになり、より結束を強めて、新たな成功へと邁進《まいしん》する。長谷川平蔵率いる火付盗賊改方を眺めていると、多くの才能が出会うときに発揮される力はそれこそ無限大のようにさえ思われる。
言い忘れたが、ここでいう「才能」や「能力」をもった者とは、自分の本分に忠実であり、そのことに対して慢心ではない自信をもっている人間である。