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ミッドウェー戦記05

时间: 2019-07-30    进入日语论坛
核心提示:四 六月三日(日本時間)午後一時十五分、日本の機動部隊は、針路百三十五度(南東)に変針し、ミッドウェーに指向した。 旗艦
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 四
 
 六月三日(日本時間)午後一時十五分、日本の機動部隊は、針路百三十五度(南東)に変針し、ミッドウェーに指向した。
 旗艦赤城の右の方、つまり、南西三キロを航行中の、第二航空戦隊旗艦、飛竜の士官室では、搭乗員の若い士官たちが、談笑していた。
 飛竜の士官室で最も若いのは、この春、大尉に進級したばかりの海兵六十六期、橋本敏男(艦攻)、重松康弘(戦闘機)、近藤武憲(艦爆)の三人であった。(六十六期は、筆者より二期上で、橋本大尉は、筆者が三号のとき、二十七分隊の一号、また、近藤大尉は、筆者が霞ヶ浦航空隊の飛行学生当時の教官であった)
「おい、三人そろっているところで、クラス会をやろうや。まんじゅうとラムネだが、まあいいだろう」と近藤が言った。
 三人は、機動部隊の他の各艦に乗っている同期生の噂話を始めた。
「赤城は後藤仁一が飛行士だったな」
「大淵圭三と葛城丘が加賀にいるよ」
「蒼竜が藤田怡与蔵《いよぞう》と山本重久か……」
「一番のんびりしているのは、シモデンさ。あいつは今頃、横須賀空の士官室で居眠りをしているだろう」
「内地は、今頃昼飯の時間だろう」近藤が腕時計を見た。
 ミッドウェーは、東京より三時間日の出が早いが、便宜上艦隊は東京時間を使っている。
「シモデンの奴、バクバク食っているだろうな」
 シモデンこと下田一郎は、艦爆操縦員で、赤城の艦攻操縦員山田ショッペイこと、山田昌平と並び称される巨漢で、柔道三段、機動部隊の名物男だった。シモデンは、飛竜乗組で真珠湾、印度洋と戦ったが、この作戦の前に、同期の近藤と入れ代わり、横須賀航空隊に転任したのであった。巨漢で大食漢のわりに、操縦がうまく、ぬうっとしたところがあって、皆から愛されていた。
「藤田の鬚も少しは伸びたかな」
「うん、あいつ、何を思ったか、妙な鬚を伸ばし始めたな」
 蒼竜の戦闘機隊にいる藤田は、宮崎県富高の基地にいるときから、口鬚と頬鬚を伸ばし始めた。一説には、別府にいた小糸という芸者と仲がよくなり、鬚を生やせば、弾丸《たま》に当たっても生きて帰れるといわれて、伸ばし始めたといわれるが、定かではない。
「おれは、このまんじゅうを見ると、シモデンのふくれた顔を思い出すよ。あいつは、別府の『なるみ』で、フグを大皿に一杯は軽く食いよったからな。フグ提灯を思い出すな」
 近藤は、宇佐の航空隊で、艦爆の飛行学生であった頃、下田や岩下豊(後、石丸と改姓、南太平洋海戦で戦死)と一緒に、よく別府の料亭「なるみ」にフグの刺身を食いに行ったので、フグの味をもふくめて、シモデンを懐しがっていた。
「いや、シモデンといえば、あのことを思い出すな。あいつと一緒に、沖繩近海で、加来《かく》艦長に殴《なぐ》られたことを……」
 橋本はそう言って、重松の顔を見た。
 重松は、にやりとした。
 一カ月半前の、四月十八日、機動部隊が印度洋から内地へ帰る途中、比島沖まで来たとき、ドーリットルの東京空襲の報が入った。大本営は、南雲部隊にホーネット追撃を下令した。空母部隊は、急遽北東に進路を変え、沖繩東方四百キロの南大東島の近くまで高速で進出した。その頃、すでにホーネットは、ハワイに向かって、はるか東方に去っていたが、機動部隊では、再度の敵襲に備え、「合戦準備」を下令し、戦闘に対する即時待機に入っていた。
 戦闘機と艦爆は、印度洋の戦闘のとき、被弾した機の修理が終わったので、試飛行をやることになった。試飛行は、普通、若い士官である分隊士が行うことになっている。
 艦爆にあまり乗ったことのない橋本は、この機会に、下田の後席に乗って発艦することになった。戦闘機の試飛行は、重松であった。この試飛行は、同期生ばかりでやることになったので、彼らは茶目気を出し始めた。
「おい、俺は実包(実弾)を積んで行って、二十ミリの試射をやりながら、貴様の襲撃をやるぞ」
 重松がにやにやしながら言った。
「よし、それなら、俺も七ミリ七に、実包をつめて射《う》つぞ」
 橋本も、半分本気で、やりかえした。
「よし、本物のアイスキャンデーをくらわせてやるぞ。上にあがってから、後悔するな」
 重松が少し真顔になって言うと、
「おい、本当に実弾でやるんかあ……」
 下田が、間のびした声で言った。
「本当さ。重松がやるなら、こちらもやるぞ」
 橋本はかなりむきになって言った。
 そのとき、艦長の加来大佐は、艦橋から降りて、飛行甲板にいたので、三人の会話を聞いていたが、冗談だと思って聞き流していた。
 しかし三人は、実際に実包をつめると、喧嘩腰で飛竜から発艦した。
 北緯二十五度附近であるが、天候はあまりよくなかった。密雲が高度三百から五百くらいのところに垂れこめて、雲の下では襲撃訓練は出来そうになかった。
 重松と下田の機は、雲のなかを計器飛行でくぐり抜けて、雲の上に出た。雲の厚さは二百メートル以上あると思われた。下田と橋本の乗った艦爆が水平飛行で、エンジンを試験していると、重松の機が後上方から襲って来た。重松は本当に実弾を発射したらしく、青い曳痕弾が、橋本の機の右前方を通り抜けた。ふりむくと、弾跡が、アイスキャンデーのように見えた。
「畜生!」
 橋本が七ミリ七を構えて、重松の零戦に照準を合わせようとすると、重松の機は、軽々と、右に反転し、青白い腹を見せながら、後方へ飛び去った。
 大きく旋回すると再び、重松の機は、橋本機の後上方に占位した。今度は、二十ミリ弾の赤い曳痕が流れた。
「重松のやつ、いい気になりやがって……」
 橋本は、七ミリ七の旋回機銃を、重松機の近くに向けて、引き金をひいたが、弾丸は出なかった。重松は、零戦の駿速《しゆんそく》を示して、何度も襲撃を繰り返した。心地よさそうだった。
 橋本は、操縦席の下田に言った。
「おい、シモデン、機首にある七ミリ七で、重松を墜《お》としてしまえ!」
 九九式艦爆の機首には、七ミリ七の固定機銃が二挺あった。
「冗談いうない。零戦に勝てっこねえよ」
 下田は、のんびりした声でそう答えた。
 いつの間にか、二機は母艦の上空を離れていた。
「おうい、もう試飛行は終わりだ。ぼつぼつ降りようぜ」
 下田の声で我に返り、橋本機が雲のなかを下降すると、重松もついて来た。しかし、雲の下に出てみると、機動部隊は大きなスコールの下に入っており、飛竜は見えなかった。
 九州の基地までは、五百キロそこそこなので、橋本は、母艦の出現を待つべきか、九州へ飛ぶべきか迷っていた。重松は早目に見切りをつけ、翼をひるがえすと北上した。長さ二百五十メートルの空母を探すよりも、九州の陸地を探した方が間違いがなさそうである。
 橋本は何度も無電を叩いては母艦の通信室を呼び出し、やっとスコールから出た母艦の位置を確かめ、着艦した。
 艦橋に報告に行くと、加来艦長は、重松の安否を気づかっていた。「航法がまずいから、母艦を見失うのだ」と言って、叱られるかと橋本は思っていたが、そのときは何もなかった。
 二時間ほどして、大分航空隊から、重松の機が着いた旨の電報が入った。加来は、下田と橋本を、艦長休憩室に呼んだ。
「本艦には、この四月大尉に進級した飛行科士官は、君たち三人だけだ。君たちが若くて元気、いつも明朗なので大いに頼もしく思っていた。しかし、下士官兵のいる前で、実包を射ち合うと言ってみたり、いつまでも雲の上で遊んでいて帰るのを忘れたり、ふざけていてはいけない。もう、子供じゃないんだ。本日は、本艦の若い飛行科分隊士の全部を失ったかと思って、非常に心配した。司令官も非常に心配しておられた。今後、こういうことのないように、艦長が睡気ざましの活を入れてやる。一人ずつ出て来い」
 加来止男《かくとめお》は、非常に部下思いであったが、厳格で、典型的な海軍将校であった。骨格が大きく、肩幅が広く、がっしりした体格をしていた。彼はその広い肩を大きくゆすると、一発ずつ、下田と橋本の頬に鉄拳を与えた。士官が士官に殴られることは珍しい。しかも、艦長が大尉を殴るということは、滅多にない現象であった。二人とも、兵学校を出て以来、久方ぶりに頬に衝撃を与えられたので、痛いよりも懐しい気がした。ことに、下田は、江田島では強く殴るというので有名だったので、艦長の鉄拳は、大したことはねえな、などと考えながら、やはり、古巣に帰ったような気がしていた。
「おい、重松、あのときは貴様が一番うまいことをしたぞ」
 橋本は、艦長の鉄拳を回想して、頬をなでながら言った。近藤も言った。
「重松、貴様、別府にインチ(馴染)のエス(芸者)がいたんだろう」
「いや、大分にエンゲ(婚約者)がいたんで会って来たんだ」
「うまくやりやがったなあ、大分に降りんでも、鹿屋という近い所があったのにさ」
「いや、雲の切れ間から降りてみたら、偶然そこが大分だったというわけさ」
「うそをつけ! 計画的な偶然だろう」
「しかし、重松は殴られんでうまいことをしたよ」
「冗談をいうな、艦に帰ってから、艦長に呼ばれて、三つ殴られたぞ。なぜ、艦爆と行動を一緒にせんかと言われてな。貴様とシモデンは、一発だろう」
「そうか。三発やられたんか。それならよろしい」
「何を今ごろ言っているんだ」
 三人が女学生のように語りあっていると、
「にぎやかだね、クラス会かね」
 艦攻隊長の友永丈市大尉が、少しうらやましそうに顔を出した。
「隊長! 明日はよろしくお願いします」
 橋本は明朝の陸上攻撃に、友永機の偵察席に乗るので、そうあいさつした。
「いやあ、おれの方が本艦は初めてなんでなあ、よろしく頼むぜ、うっふっふ……」
 友永は、陽灼《ひや》けした厚い皮膚をたるませて、テレ臭そうに笑った。
 士官室の奥の方、つまり上席の方では、副長の鹿江隆中佐が、鼻下の髭をなでながら、飛行長の川口益中佐と話していた。副長は応急(防火、防水)指揮官であり、いまのところは、手持無沙汰であった。司令官の山口多聞少将は、艦長の加来止男大佐と共に艦橋にあった。
 そのかたわらに、むっつりと押し黙った男が、体を斜めにソファにもたせ、まずそうに煙草を吸っていた。よく肥《ふと》っており、ほとんど陽に灼けていなかった。顔の色が蒼白くむくんだようで、不健康そうな小皺が眼の下にたるんでいた。彼は、不機嫌そうな眼付で、かたわらの人々を、横目で眺めたり、時々だるそうに、尻をゆらゆらと揺すぶったりした。機関長の相宗《あいそう》邦造機関中佐で、京都の公卿の出身であり、家柄のよいのを自慢にしていた。
 そこに、黄色いラミー地の作業服をつけた背の高い士官が入って来た。
 彼は、かなりやせていたが、敏捷そうな体つきをしていた。浅黒い頬に濃い鬚が一分ばかり伸びていた。機関科分隊長の梶島栄男《よしお》機関大尉であった。
「何だ、こんなところにいたんですか、機関長!」
 梶島は、むっとした調子で言った。彼は戦闘運転について、機関長附の万代少尉や、先任下士官の松岡兵曹と打ち合わせをしていたが、いつの間にか機関長がいなくなったのであった。
「困りますな、肝心のときに機関長、あんたがいてくれなくちゃ……」
 梶島は眉をしかめながら、相宗のそばに坐った。彼は鹿児島県士族の出身で、父は東京の中学校長を勤めていた。海軍兵学校出身者より、海軍機関学校出身者の方が頭がよい、というのが彼の持論であった。
 海軍機関学校の試験は十月であり、兵学校は十二月の終わりである。兵学校の試験の前に、機関学校の試験の発表がある。機関学校に合格した者は、それを辞退しなければ、兵学校を受験することは出来ない。これは、自由選択にすると、優秀な少年の大部分が江田島を志願するので、舞鶴の機関学校にも、人材を吸収するための一方策であったと考えられる。梶島の経験によると、機関学校を落第した後、兵学校に合格した者は少なくない。兵学校は、機関学校の四倍近く採用するからである。従って、機関学校生徒の方が、兵学校生徒よりも、一般的に言って頭がよい、と言えるのであった。
 梶島は東京の名門校である新宿の府立六中を卒業していた。海軍機関学校に合格したとき、彼はこれをキャンセルして、江田島を受験しようか、と考えたことがあった。しかし、結局、彼はそれをしなかった。江田島に自信がなかったためではなく、海軍ならば、どれでも同じであろう、と考えたのである。
 しかし、機関学校を卒業して、乗艦してみると、すべては彼を落胆せしめた。軍艦を指揮する艦長も、艦隊を掌握する司令長官も、すべて江田島出の兵科将校に限られている。最も肝心なことは、部隊の統帥《とうすい》権というものは、兵科将校に限られるので、機関科士官には、戦闘を指揮する権限は与えられない。補助業務として機関を運転するので、要するに罐焚きなのである。
 そして、もっと梶島を悲しませたことは、機関科士官は中将にまでしか進級出来ず、彼が憧れた東郷平八郎のような、大将には昇進出来ない規則になっていることであった。
 自分より頭の悪い江田島出に指揮されて、罐を焚くことの割りの悪さを思うと、彼は時々不機嫌になった。筋の通った鼻がつんと高く、プロシャの貴族を思わせるプライドが、鼻のあたりに漂うことがあった。
 彼は、険しい声音で相宗中佐に言った。
「機関長! あの当直配置じゃ、敵襲が長引いたときに交替がうまくいきませんよ。それに、司令部の言うように、朝から晩まで、全速即時待機じゃ、参っちまいますよ。適当に敵状と、上部の戦闘状況を知らせてもらって、それにマッチするように精力を配分しなくちゃ……。いざというときに、ヘバって力が出なくてもいいんですか」
「うむ……。しかし、司令部の決めたことにタテつくわけにもゆかんが……」
 相宗機関長は、相変わらず、体を斜めに傾けたまま、ぶすりと言った。デッキ(兵科将校)が、エンジン(機関科)に無理を言うのには、彼は慣らされて来ていた。抵抗しても無駄なときが多いことも知っていた。しかし、梶島には、それが、卑屈な服従というように受けとられるのであった。どうして自分たちよりも頭の悪いデッキオフィサーに、このように無理難題をふっかけられねばならないのだろうか。
「司令部の言う通りにやっておけば、罐が爆発して、艦が沈んでもいいと言うんですか。駄目ですよ、機関参謀なんか、実戦で痛い目にあったことがないから、なんでも全速待機にして走り回っていりゃいいと思っている。実際、司令部というのは頭が悪い……」
「おい、そう大きな声を出すな。まあ、君のいいように立案してみたまえ。僕は、乗艦したばかりで、航空戦闘のことはよくわからないんだ」
 機関長は、物憂げに答えた。彼は、貴族の出にふさわしく、胃腸が弱く、この日も朝から下痢気味で、下腹が痛むのであった。
「いいようにやれと言ったって、機関長、あんたが司令部に言ってくれなけりゃ、私のような平分隊長の一大尉がいくらわめいたって、誰も本気にとりあげてくれやしませんよ」
 梶島大尉は、言い終わると、唇をひきしめたまま、右の拳骨《げんこつ》で、テーブルを、ごつんと叩いた。
「じゃあ、機関参謀に会ってみるか」
 相宗は、かったるそうな態度で、顔をしかめながら立ち上がると、士官室を出て行った。
「おい、やるなあ、貴様……。徹底的に機関長を痛めよるじゃないか」
 艦攻分隊長の角野《かどの》博治大尉が、笑いながら話しかけた。角野と梶島はコレス(コレスポンデント=兵学校と機関学校の同期生)であった。
「機関長は、人が好すぎるんだ」
 梶島は、半ば笑うように顔をゆがめると、黒い戦闘帽を手にとり、士官室を出た。機関室に通ずる、長い、垂直のラッタルを降りにかかると、彼は重苦しいものを背中に感じながら、一歩一歩階段を降りて行った。
 相宗中佐は人事部などのデスクワークが長く、航空作戦の経験はなかった。早ければ、明日からは、敵との遭遇が予想される。実戦の場合、戦闘運転の全責任は、事実上、梶島の双肩にあるのだった。彼は初対面から相宗と気が合わなかった。先刻、梶島は、角野に、機関長は人が好すぎる、と言ったが、実際は、ムシがよすぎると言いたかったのである。相宗は空母の機関の実状にうとく、それでいて勉強せず体の調子が悪いと部下に小言を言った。調子のよいときは、やさしく、若い機関長附の万代少尉をねぎらったりするのだが、それが梶島には、実戦向きでないようにうつった。
 相宗はこの五月、飛竜が内地を出撃する前に乗艦したのだが、最初に梶島に言ったことばは、
「やあ、今度は僕も、金勲をもらいに来たよ。仕事の方はよろしく頼むよ」
 というあいさつだった。
 梶島は反撥を感じた。
 前任の機関長井上中佐は、真珠湾や印度洋の作戦に参加したため、特賞(殊勲甲)で、多分功三級位をもらうことになっていた。井上は相宗より機関学校の成績が悪かった。それが特賞をもらうのであるから、当然、自分も、もらう権利があると、相宗は考えていた。ただ、ミッドウェーが、わりに容易な作戦らしいので、海戦らしい海戦もなく占領してしまうと、特賞はもらえないのではないかと、相宗はそれを心配していた。
 相宗が着任してから数日たったある日のことであった。梶島は、当直の合間に、いつも相宗がいるあたりにねころんで、雑誌を読んでいた。偶然入って来た相宗は、自分の席にいる分隊長を見ると、難しい顔になった。機関長は、副長と並んで、士官室の一方の長なのである。
「おい、梶島君。若い士官が何だ! そのざまは……、少しは戦闘運転のことでも勉強しておきたまえ!」
 相宗はそういって怒鳴りつけた。
 この一事で、梶島は完全に相宗が嫌いになってしまった。この男が金鵄勲章をもらうために、おれが戦闘運転の訓練をきびしくやる必要があるのだろうか……。彼は、そう疑問を感じながら、長いラッタルを降りた。
 機関科指揮所になっている、右舷後部の機械室に入ると、梶島は、運転台にいる先任下士官の松岡兵曹に声をかけた。
「どうかね、機械の具合は……」
「どんぴしゃりですばい、分隊長、三十六ノットでも出してみせますたい」
 長崎生まれの兵曹は、太い八字髭をふるわせながら、大きくうなずいた。その自慢の髭にゴミがついているのを、梶島は見つけた。
「おい、松岡兵曹、大切な髭にゴミがついているぞ」
 彼がとってやろうとすると、
「いや、待って下さい。女房にも、これだけはなぶらせんとですけん……」
 松岡は、ポケットから小さな鏡を出すと、腰にはさんだタオルの端で、丁寧に髭の先を拭った。
 窓ガラスで囲まれた機関科指揮所では、機関長附の万代少尉が、記録に眼をとおしていた。梶島は、万代に何か言おうとしてやめた。万代はまだ若く、相宗にかわいがられているので、梶島の言い分に同調しそうには思われなかったからである。
 梶島は、一旦、機関科指揮所に入った後、外へ出ると、計器を見た。速力計は、第二戦速二十四ノットを示していた。艦隊は高速でミッドウェーに接近しつつあった。
 機械室の後部では、回転する巨大なタービンの唸《うな》る音と、かすかな、しかし、規則正しい摩擦音を発する推進機軸の震動に、通風機から入って来る冷えた空気の音が入りまじって、単調で退屈な混合音を醸し出しており、これが睡気をそそった。
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