同じ頃、映画監督ジョン・フォードは、サンド島の水上機格納庫の近くで、ミッドウェー島防衛指揮官のシマード大佐と話し合っていた。シマードは、昨日の辞令で、臨時に大佐に進級していた。その辞令はこうなっていた。「ミッドウェー作戦中、大佐として勤務すべし」。シマードはその辞令の意味をよく知っていた。つまり、ミッドウェー作戦中に戦死するか、あるいはミッドウェー防衛の任を果たした場合は、大佐は据えおきで、ミッドウェーを占領され、捕虜になった場合は、中佐に降等するという意味のものである。
「大佐お目出度う」
と、あいさつした後、ジョン・フォードは言った。
「防空壕の入り口からでは、空中戦闘が撮影しにくい。あの格納庫の上に、カメラをあげさせてほしい」
シマードは、眉をしかめた。
「フォード、君は知らないのか。一番狙われやすいのは格納庫だ。それに斜面はすべりやすくて、危険だ」
「JAPは水上機の格納庫なんか狙わないだろう」
「君は、カタリナ哨戒艇を知っているか? 一千マイル哨戒して、帰って来れる。JAPが今、一番警戒しているのは、味方主力の位置を知られることだ。ヤマモトの位置を知られないためには、まず、カタリナの格納庫を叩くことなんだ。満足なフィルムを撮りたければ、防空壕に居たまえ」
「シマード! 私の言う満足なフィルムとは、リアリティにあふれたフィルムのことなんだ」
このような問答の後、フォードは、助手のウイリーに手伝わせて、格納庫の屋根に撮影機をあげてしまった。
「ボス! この斜面はすべりやすいですね」
撮影機の脚を、電気修理用のゴムテープで固定しながら、ウイリーが言った。
「脚元に気をつけろ。この屋根は、二十五メートルあるからな」
フォードは、掌の甲で額の汗を拭うと空を仰いだ。今日も好天で、高度五百から千ぐらいに、綿菓子のような断雲があった。
フォードは、撮影機の把手にとりついて、上空を狙ってみた。上方の撮影角度が不十分のように思われた。フォードは、敵が西方、仰角四十五度で発見されるものとし、それが仰角九十度の頭上を通過し、仰角四十五度の東方に去るものとして、カメラを振り回してみた。カメラの動きはぎこちなく、フォードは、体を屈《かが》めたり、上体を反らせながら、回転したりして、自分を訓練した。フォードは自分で撮影する積りであった。それでなければ意味がなかった。青年時代、海軍士官を目指して、アナポリスの海軍兵学校を受験したが、彼は失敗した。彼は俳優になり、いつの間にか、脚本家になり監督になっていた。海軍よりも、陸上で、馬の走るのを撮る西部劇の監督になっていた。ミッドウェーのサンド島で、カメラを回すことは、彼にとって“戦闘”を意味していた。
——敵が爆弾を落としたら——と彼は考えた。格納庫も燃えるし、地上施設も燃えるだろう。してみると、カメラを下方に向ける必要がある……。ジョン・フォードは、カメラで、水上機を引き揚げるランプ(滑り台)を狙いながら考えた。もし、爆弾が格納庫に当たれば、おれは戦死だ。海軍は、何か、メダル(勲章)をくれるだろうか。
そして、もし、おれが戦死する前に敵が上陸したら、俺は戦わねばならない。「駅馬車」のジョン・フォードを捕えた、などという宣伝材料を敵に与えてはなるまい……。
同じ頃、サンド島の五キロ東にあるイースタン島の滑走路に近い飛行指揮所では、海兵隊のレフトン・ヘンダーソン少佐と、ベンジャミン・ノーリス少佐が論争していた。
「ノーリス、おまえのところに、少し古いパイロットを回してやろうか」
と、ヘンダーソンが言った。
それに対して、ノーリスは、かなり絶望的に答えた。
「だめだ。意味がねえ。あのおんぼろ飛行機じゃ、ベテランのパイロットがもったいねえ。まったく、この島のアホウ鳥みたいな、ボロ飛行機だ。あれで、ナグモのゼロと戦いながら、アカギを爆撃しろというんだからな」
「………」
ヘンダーソンは口をつぐんだ。
最初、この島の海兵隊にあったのは、旧式のヴィンディケーター急降下爆撃機十六機と、ブルースター・バッファロー戦闘機二十一機であった。
ヘンダーソンとノーリスは、十六機のヴィンディケーターで、日本の機動部隊と戦うことになっていたが、二人共多くを期待してはいなかった。ナグモの部隊は、いずれ、ハルゼーやフレッチャーの空母部隊がやってくれるだろう。こちらは、それまでのツナギになれば上出来だ、と考えていた。
ところが、パールハーバーのニミッツは、何を考えたのか、戦いの迫った五月二十六日の夜、大型輸送船で、大砲や戦車と共に、十八機のSBDドーントレス急降下爆撃機と、七機のF4Fグラマン・ワイルドキャット戦闘機を、イースタン島に陸揚げしたのである。
これらは、いずれも、空母の使い古しであるが、従来、島にあったものとくらべるとまだマシであった。
ドーントレスが、滑走路に並べられたとき、ノーリス少佐は、
「おい、こいつはどうだ。ひょっとすると、ニミッツは、USネイビイ始まって以来の、えらい《ヽヽヽ》提督かも知れねえぞ」
と、分隊長のフレミング大尉をかえりみた。フレミングは浮かない顔をして言った。
「なにしろ、パイロットの数だけ飛行機をくれる提督なんて、めったにいませんからね」
フレミングは、新しく来た中古のドーントレスが、先任士官であるヘンダーソンの隊に回され、自分たちは結局、おんぼろのヴィンディケーター、つまり、“ミッドウェーのアホウ鳥”で、ナグモの空母を攻撃しなければならないことを知っていたのである。
ヘンダーソンは、滑走路の端の砂地を飛行靴で蹴りながら言った。
「ノーリス……。気分を悪くしないで聞いてくれんか。ニミッツの情報に間違いがなければ、明日の午前には、ナグモの部隊が、この島を占領に来る。そのとき、おれのドーントレスは、空母を攻撃する。君のヴィンディケーターは、戦艦か巡洋艦をやってくれ。これは、功績の問題ではなく、効率の問題だ」
猛訓練をもって鳴るヘンダーソン隊長がそう言うのを、フレミング大尉は、おそらく、おれは、小さな巡洋艦をやるようになるだろう。それが一番功績が小さい……、と考えていた。
ノーリス少佐は、うなずいた後、呟《つぶや》くように言った。
「おれのヴィンディケーターが、グラウンド・ループ(地上滑走で横を向くこと)をしないで、全機無事に離陸することを祈っている。着陸出来るのは、何機かわからんからな」