エンタープライズのマクラスキーは、いくら予定海面を探しても、ナグモ部隊が発見出来ないので、思い切って、右に変針しようと考えた。ナグモは北上したと予想したのである。発艦してから、二時間半以上も経過しており、帰りの燃料に自信がなくなる頃であった。同じ頃、ホーネットから出たスタンホープ・リング中佐のドーントレス三十五機と戦闘機十機は、最後までこの海域を捜索し、ついに攻撃をあきらめ、爆撃機二十一機は母艦に帰り、十四機はミッドウェーに不時着、戦闘機は燃料が尽きて、大部分が海上に不時着してしまった。
爆撃隊が、そのように、“ぶざま”な行動をしている間に、またも二つの雷撃隊が南雲部隊にとびこんだ。
まず、ゲン・リンゼー少佐のひきいるエンタープライズ第六雷撃中隊十五機である。リンゼーは、高度四百メートルで、断雲の下を飛んでいたので、予想地点よりもはるか北方を北上している空母部隊を発見することが出来た。リンゼー隊は、戦闘機隊とはぐれたため、はだかで、真南から、日本のもっとも大きな空母、加賀に向かって突撃を試みた。リンゼーは、隊を二隊に分けて、加賀を挟撃する戦法をとったが、デバステーターは、あまりにも遅かった。加賀の直衛戦闘機十数機は、この中古品をなぶりものにした。次々に雷撃隊は墜とされ、リンゼー隊長も、三番目に、海中に突入した。リンゼー隊の帰還機は四機に過ぎなかった。
レム・マッセー少佐のひきいるヨークタウンの第三雷撃中隊十二機は、リンゼーよりも少し遅れて戦場に到着した。南雲部隊はさらに北上しており、発見は容易であった。マッセーは、攻撃目標を一番北東にいる母艦と定め、やはり、二隊に分れて突撃した。様相は、エンタープライズのリンゼー隊とよく似ていた。飛竜に向かって突進した十二機の中古品は、十機の零戦に捕捉された。恐ろしく精度のよい直衛戦闘機隊であった。隊長のマッセーは、二番目に撃墜された。機が燃え、マッセーは風防をあけて外へ出たが、そのまま、魚雷もろとも、海中に突っ込んでしまった。
ヨークタウンの雷撃隊で、帰投し得たのは、十二機中、二機に過ぎなかった。
六時半から四十分間にわたって、四十三機のデバステーターが雷撃を行ったが、一発の命中魚雷もなかった。そして、彼らは、ウォルドロン隊の十五機をもふくめて、三十七機を失った。南雲部隊の司令部や搭乗員や、見張員は、零戦が、脚の遅い鈍重なデバステーターを鳥射ちのようになぶり殺しにするのを興味深く見物していた。アメリカの魚雷は当たらぬものと彼らは考えていた。そして、彼らの注意は、自然に海面にひきつけられ、次はどのような雷撃機が現われるかを楽しみにするようになっていた。
ウェイド・マクラスキーのひきいるエンタープライズ第六爆撃中隊三十三機が、南雲部隊の上空に達したのは、午前六時五十五分である。帰りの燃料は、一杯一杯であった。高度四千で飛行していたマクラスキーは、全速力で北西に進む小艦を発見した。(南雲部隊の後方を警戒していた駆逐艦嵐であった)マクラスキーは、その艦の進路の方向に視線をたどってみた。「いる、いる」と彼は思わず叫んだ。ゆがんだ、しかし、大きな輪型陣——そのどれもが、火と煙をふき上げている——のなかに四隻のスリッパーのような空母が北上していた。三隻はほぼ固まっており、一隻ははるか北東にはなれていた。彼は壊れた拡声器とあだ名された疳高《かんだか》い声で部下にそれを通報し、近い空母(加賀)を自分のひきいる隊が、そして、少しはなれた空母(赤城)を、次席指揮官のディック・ベスト大尉の隊に攻撃させることにした。
時に午前七時十八分、現地時間では、四日の午前十時十八分である。太陽は機動部隊のほぼ直上にあった。
マクラスキーは、先頭に立って前進した。——早く攻撃しなければ、帰りの燃料がなくなる。もっとも、ここでやられれば、帰る必要もなくなるが——そんなことが、断片的に彼の脳裡を通りぬけた。
急降下爆撃機の降下法《ダイブ》は日本もアメリカも同じである。目標の艦が、エンジンの左側に沿って近づいてくるように機を進行させる。艦が左翼の前端の線に達したとき、一旦エンジンを絞った後、機を左に捻り、頭を突っこんで降下に入るのである。降下の角度は普通六十度であるが、角度が深い方が機速も出るし、敵に発見されにくいので、七十度にすることもある。しかし、そうなると、体は浮いたような形になり、機の操縦が困難になる。引き起こす高度は、ミッドウェーの頃は五百が普通であったが、後には四百となり、南太平洋海戦では、二百五十まで突っ込んでいる。
マクラスキーは、予定通り、目標の大艦(加賀)を翼の根元まで引き寄せると、かすかなときめきを感じながら、静かにダイブに入った。七時二十分である。加賀は礼儀正しく北東に向かって直航していた。第二次攻撃隊を発艦させるため、艦首を風上に立てていたのである。降下する途中、マクラスキーは、不思議な静寂を感じた。聞こえるのは、エンジンの唸り声だけである。
うしろの偵察員が高度を読み上げていた。
「一万(フィート)、九千、八千……」
マクラスキーは、小さな不安を感じていた。エンタープライズを発艦したとき、三十三機あったドーントレス爆撃隊は、途中エンジン不調で帰艦したものや、燃料不足で着水したものをひいて、三十機になっていた。果たして、ナグモの空母二艦を屠《ほふ》ることが出来るかどうか……。彼の部下の訓練状態は決してよいとは言えなかった。ディック・ベスト隊の後尾にいるブラック・スミスという、鍛冶屋のような名前の少尉は、訓練中、一発の命中弾をも得ることが出来なかった。
——おれは、最も標準型の爆撃を行おう——とマクラスキーは考えていた。日本でもそうであるが、急降下爆撃の場合、一番機は、ごく普通の、つまりほとんど修正をしない照準で、爆撃を行う。目標附近の風向風力がよくわからないからだ。後続機は、隊長機の弾着が手前にすぎたら、これは向かい風が強いとみて、照準を若干前方にずらせるのである。
マクラスキーが降下したとき、ディック・ベスト大尉は驚いた。それは、マクラスキーと共に、手前の大艦を攻撃するはずの十五機のほか、ベストと共にやや遠方の空母を攻撃する予定になっていた十五機のうち、十機までが、隊長のマクラスキーに続いてダイブに入ってしまったのである。無線電話の連絡が不十分であったのだ。あの金切声め! とベストは、口の中で隊長を罵った。ベストは止むを得ず、爆撃の技倆最低と定評のあるブラック・スミスをもふくめた四機をひきいて、遠方の空母を目指した。
「三千、二千五百、二千……」
マクラスキーの後席では、チョチョラウセクという、カナカ人の血のまじった偵察員が高度の読み上げを続けた。
「千八百!」
「OK! fire!!」
マクラスキーは、高度五百メートルで、左の掌で投下用ハンドルを回し爆弾を投下した。機は急激に軽くなり、浮き上がった。機を引き起こしながら、マクラスキーは、JAPの空母の飛行甲板を見た。この大艦は右舷に艦橋があった。引き起こしを終わり、ふりかえってみると、彼の落とした鳥の糞《バーズシエツト》(爆弾)は、艦橋の左手前に落ちた。——向かい風があるな——そう思っていると、二番機の弾着も近目の至近弾であった。とりついて来た零戦を避けながら、——早く修正して投弾しないと、逃げられてしまうぞ——マクラスキーは焦りながら、機をひねっていた。四番目に降下したガラハー大尉は、三発の至近弾を見て、投下点をやや前方に指向し投弾した。
加賀の艦橋では艦長の岡田次作大佐が、見張員の報告に驚いているところだった。
「敵の飛行機、右直上! 降下して来る!」
岡田大佐は、ためらわずに、
「面舵一杯!」
と令した。海軍では、緊急の場合、右の利き腕を使って面舵をとり、衝突を避ける慣習になっていた。四万二千トンの加賀は、舵の利きが悪かった。ガラハーの爆弾は、午前七時二十四分、中部リフト、つまり加賀の飛行甲板のまん中に命中した。発艦を待っていた飛行機が三機吹きとび、リフトが屏風のように突っ立ったかと思うと、下に落ちた。
「面舵! 急げ!」
岡田艦長が伝声管にそう叫んだとき、次の爆弾が右舷後部に命中して、ガソリン車の爆発によって、火焔が刷毛ではいたように甲板上に拡がった。そして、その次の爆弾、ダスティ・クレイス中尉の投下した鳥の糞《ヽヽヽ》は、加賀の艦橋の左前部を直撃した。この爆発によって、岡田大佐は、世界が真紅に燃え、伝声管を握ったまま、即死した。こうして、マクラスキー隊二十五機の投弾のうち、四弾が命中、第四弾は、前部飛行甲板で作裂した。命中率は十六パーセントで高いとは言えなかった。しかし加賀は、まんべんなく全甲板に四百五十キロ爆弾の洗礼を受けたといえる。そして、誘爆によって、燃えさかるたらい《ヽヽヽ》と化したのであった。
ディック・ベストは、全速でやや遠方の空母に接近した。ベストは、残り少なくなった部下の四機に電話で命令した。
「おれについて来い。目標は左前方の空母だ。もう、よそには行くな!」
彼は部下の命中率を心配していた。手前の大艦(加賀)に、マクラスキー隊が突入して、投弾したが、至近弾が多いようだった。ベスト隊のしんがり《ヽヽヽヽ》は、今まで命中率零のブラック・スミス少尉である。
「落ち着いて、よく狙うんだぞ、ブラック・スミス!」
とベストは命令した。“森の鍛冶屋”とあだ名を持つスミスは楽天家だった。彼は答えた。
「OK、隊長、あんなでかい目標なら、ひとひねりでさ」
スミスは落ち着いていたが、ベストのほかの部下は、はやっていた。
けんか早い、ロバート中尉は、ベスト大尉が慎重に前進するので、——もう我慢出来ない、と考えて、機を左にひねり、太陽を右直上に受けながら、降下に入った。ディック・ベストは、早駆けする部下に、小さな怒りを感じながら、自分は、最も適正だと信じられる位置、つまり、赤城が、どんぴしゃり、ドーントレスの左翼のつけ根に来たとき、エンジンを絞って、翼を左にひるがえした。
赤城の艦橋では、いくらか雷撃機の攻撃から解放された見張員の高田兵曹が、ふいに肩がすくむような空白感をおぼえて、空を見上げた。南海の夏の太陽のまわりに、丸い虹に似た色彩の輪があり、その中心から射出されたように、突っ込んで来る三匹の虻がいた。(赤城からは、五機のうち三機しか視認されなかった)
「艦爆三、直上! 究っ込んで来ます!」
「面舵一杯!」
空を仰ぎながら、航海長の三浦中佐は、声をふり絞った。
発着指揮所にいた、山田昌平と、後藤仁一は、福田中尉が、戦闘機隊の一番機に発艦用意の旗を指向しているのを眺めていたが、あわてて空を見上げた。昼に近い太陽が眩《まぶ》しかった。その陽光が、小波《さざなみ》の輪をゆらめかせている青空のなかを、エンジンと翼だけをこちらに向けて、逆落としに迫って来る三機のドーントレスを二人は認めた。高度は千メートルぐらいで、もう目標に向かって、教科書通りに、爆撃コースにセットしているように見えた。
「こりゃあいかん、当たるぞ!」
急降下爆撃のベテランである山田は、確信をもってそう叫んだ。鹿児島で訓練中、彼は地上指揮官として、急降下爆撃の採点をしたことがあった。彼は急いで、搭乗員待機室にとびこみ、ありあわせの落下傘収納袋を頭にのせ、大きな体を小さくしてしゃがみこんだ。後藤も急いでその後から駆け込んだが、すでに他の搭乗員が入り口にしゃがんで、中に入れないので、脚だけ搭乗員室に入れ、尻を外に出したまま、頭の上に座席用のクッションをのせ、息を殺した。一秒、二秒、三秒。彼はもどかしい思いで、自分の心臓の鼓動を聞いた。彼の心臓は、時間を、そのもっとも充足した長さで感じとった。彼は眉を一杯、真中によせ、——やるか、やるか——と口のなかで繰り返した。キーン! と、全速で灼けたエンジンが、艦橋の上をとび越す音がした。——来たか、やるか、やるか——彼はまた繰り返した。シュルシュルシュル……と爆弾の落ちる音が、搭乗員室の入り口から聞こえた。
キーン、とまた一機がとび越えた。——二つ目だ。やるか——すると、ズズーンと、底力のある震動が左下の海面から彼の足元をすくい上げた。ロバート中尉の第一弾であった。続いて、バガーン! あたりの空気がはげしく大幅にゆれ動いた。ディック・ベストの第二弾は、飛行甲板中央、リフトの前端に命中した。ベストは降下の途中、ロバートの第一弾が、赤城の左舷にある艦橋のすぐ外舷に落ちるのを認め、そして、発艦の途中にある零戦一機と、旗を振っている若い士官を認めた。投弾して、ふり返ってみると、飛行機も、若い士官も消滅し、中部リフトに大きな穴があいていた。午前七時二十六分であった。
第一弾は至近弾であったが、十五メートルに及ぶ水柱を上げ、このため、艦橋の左側にいた草鹿と源田は、白く濁った、はげしい硝薬の臭いのする泥水を、どぶりと頭から浴びせかけられ、身ぶるいをした。ほかの参謀たちも首をすくめた。えさをもらいに来た野良犬が、ぞうきんのあらい水を、バケツでかぶせられたのに似ていた。
泥水の量は多く、後藤のところにもやって来た。隔壁に体を叩きつけられ、耳の上をいやというほど打った。耳がキーンと鳴った。生まれて初めて感じたはげしいショックだった。濡れた重いぞうきんで、頭の上から力一杯叩かれた感じで、眼は固くつむっているのに、眼の中が出血したように真っ赤に染まった。少年の頃にみた漫画の、頭を拳骨で殴られたときに出る火花、あれに似て、もっと大きなものが眼球のなかで炸裂した。あの漫画は本当だったんだな、と彼は考えた。
ブラック・スミス少尉は、テールエンド、つまり、第五番目に降下した。教官に習ったとおり、すべて、教科書通りであった。第一弾が、艦橋の近くで大きな水柱をあげ、第二弾、すなわち、ベスト大尉の投弾が、飛行甲板中部に火花を散らすのを、彼は認めた。ブラック・スミスは落ちついていた。いつも彼は、降下の途中、機が揺れ動いているように感じ、勝手に修正しては、失敗するのであった。今日の彼にはそれがなかった。赤城の全機銃は彼の機に集中され、彼はあきらめた。多分、生還は出来ないだろう、今に機銃弾が自分に当たる……。そう考えると、逆に落ちつき、高度三百まで降下して、投下ハンドルを引いた。——こんなに大きな軍艦に弾丸《たま》が当たらないようなら、おれは潔くパイロットをやめて、陸上の倉庫番にでもなるべきだ——と考えながら……。
ブラック・スミスの第五弾は、飛行甲板後部のリフトのうしろに命中した。爆弾は下甲板で炸裂し、これが後に赤城の舵故障の原因を作った。
「いかん、やられた!」
落下傘の袋をかなぐりすてた山田は飛行甲板に出た。後藤も、足もとがよろめくのを感じながら、その後について、外へ出た。
赤城を襲った五弾のうち、第一弾は艦橋側面の至近弾で、機銃座、救命艇、アンテナなどをふきとばし、艦橋を海水づけにした。第二弾は中部リフトの前端に命中し、直径十五メートルくらいの大穴をあけ、第三弾は左舷艦尾に命中し、飛行甲板をねじまげ、附近の乗員を海中にはねとばした。(第三、四弾がはずれたため、ブラック・スミスの第五弾が、第三弾のようにうけとられたのである)
エンタープライズのマクラスキー隊よりはるかに遅れて発艦したヨークタウンの急降下爆撃隊、マックス・レスリー少佐のひきいるドーントレス十七機は、意外に早く日本の空母群を発見することが出来た。先に攻撃したウォルドロンの雷撃隊から、日本軍は予想位置よりも北上しているとの報を受けていたので、マックス・レスリーは、ほとんど西に針路をとり、マクラスキー隊が加賀や赤城を発見したとほぼ同じ頃、すなわち、午前七時五分、四隻の空母を発見した。二隻は西側で単縦陣を作り、一隻(蒼竜)はかなり東にはなれ、さらにあとの一隻(飛竜)は、ずっと東北に寄っていた。(飛竜にはもっとも多く雷撃隊が集中したので、回避のため遠ざかって行ったのであった)レスリーの方から見ると、蒼竜の方が近かった。遠くにいる加賀や赤城の方が大きく見えたが、レスリーは、手近ので我慢することにした。
この頃、海面近くでは、レム・マッセー少佐のひきいるヨークタウンのデバステーター雷撃機十二機が、最後の死闘を演じていた。
レスリーは、高度四千で、蒼竜を、エンジンの左側に見ながら前進した。間もなく突撃である。彼は、無線電話で、十六機の部下に命令した。
「鳥の糞《ヽヽヽ》の起爆装置を起こせ!」
つまり、四百五十キロ爆弾の安全装置をはずし、いつでも、衝撃があれば、爆弾が爆発するように、瞬発の状態においたわけである。ところが、どういうわけか、レスリーの鳥の糞《ヽヽヽ》は、その途端に落ちてしまった。サーキットがショートしていて、投下装置が働いてしまったのである。
「何という馬鹿なことだ!」
レスリーは、電話機に向かって、ありとあらゆる雑言を並べたかった。すると、三番機の、デビッド少尉が、
「隊長、爆弾が落ちました」
と言った。
「わかっておる!」
レスリーは、腹立たしげに答えた。
「いえ、隊長、私の機の爆弾が落ちたのです」
とデビットは言った。新式といわれるサーキットの故障は、ほかにもあったのだ。さらに、二機が、爆弾の落下を報告した。
「恥知らず奴!」
レスリーは、まずこう言って、起爆装置をとりつけたハワイ、ヒッカム飛行場の兵器班長に毒づいた後、
「爆弾がなければ、機銃があるだろう。銃撃で、ヤマモトを撃ち殺せ」
と、やけくそ気味に部下に命令した。
かくして、午前七時二十五分、レスリーは、爆弾を持っている十三機と、もう鳥の糞《ヽヽヽ》をひり落としてしまった三機とをひきいて、高度四千から蒼竜の艦橋めがけて突っ込んだ。空《むな》しい感じであった。鳥の糞《ヽヽヽ》も持たないで、スリッパーに突っ込んで、何になるのか。レスリーは、とげとげしい声で、後席のギャラハー兵曹に命令した。
「おい、わが機は、すでに鳥の糞《ヽヽヽ》を落としてしまった。後席の七・七ミリで、敵の艦橋を撃ちまくれ!」
ギャラハーは、早速、降下中の飛行機から遠い雲をめがけて、七・七ミリ機銃の試射を行った。弾丸は出なかった。
「隊長、機銃も故障です」
「なに!? Gonna Hell! (地獄へ行け=くたばれ)!」
レスリーは、今度こそ、心をこめて、パールハーバーの軍需部全部を呪った。
「ガッデム! 帰ったら、軍需部に、千ポンド爆弾をぶちまかしてくれるぞ」
レスリーは、最後に残った武器、エンジンに装備してある十三ミリ機銃を乱射しながら蒼竜の艦橋めがけて突っこんだ。このようにして、ヨークタウン隊は、爆弾を事前に落とした機が多かったため、最初の何機かは、急降下したのに、鳥の糞《ヽヽヽ》を落とさずに引き起こし、ために蒼竜への第一弾命中は、午前七時二十八分と遅れた。
十七機のうち四機は、事前に爆弾を投下してしまったので、実際に投下したのは十三機であるが、そのうち、九機が投弾したときに、すでに蒼竜の前、中、後甲板にそれぞれ一弾、計三弾が命中して、甲板が火の海と化したので、残りの四機は、近くにいた戦艦霧島と駆逐艦一隻に投弾し、至近弾を与えた。
従って、蒼竜に対する命中率は九分の三、すなわち三十三パーセントである。
海面を這って逃走しながらふり返ったマックス・レスリーは、蒼黒い海の上にあかあかと燃えさかる、三つの巨艦を見た。太い煙が三筋、水平線を突き破って、噴煙のように立ち上っていた。