突撃隊形を造ると間もなく、小林の隊は、十二機のグラマンF4F戦闘機にとりつかれた。味方は重松のひきいる零戦四機だけである。止むを得ず、小林は、進入点をやや早め、浅い角度の緩降下爆撃を行うことにした。このため、飛行機の降下スピードは思ったほど出ず、被害が増した。さらにこたえたのは、対空砲火であった。輪型陣の重巡アストリア、ポートランドや五隻の駆逐艦もさることながら、ヨークタウンからの集中砲火が凄《すご》かった。降下する途中で、近藤は、火箭を身にまとった針鼠のようなヨークタウンの射撃ぶりを見た。彼は、小林大尉の機が、火を吐きながら投弾するのを認めた直後、背中に衝撃を受けた。口のなか一杯にあふれた紅いものを、ぶーっとふき出しながら、爆弾を落とすと、彼の機は、海面めがけて落ちて行った。
第一中隊の被害は甚大であった。隊長の小林大尉、小隊長の近藤大尉をはじめ、九機のうち、八機が撃墜された。帰還したのは、三小隊二番機の土屋孝美二飛曹の機だけで、また、爆弾を当てたのも彼の機だけであった。(土屋は、筆者が、飛鷹乗組となり、昭和十七年秋、鹿児島で訓練中、同じ艦爆隊員であった。飛竜艦爆隊の戦闘ぶりは、彼から聞いたのである。顔に大きな火傷を残していたが、笑うと歯が真っ白で、快活な男であった。操縦は強引な方であったが、力が強く、爆撃も巧みで、また敵機に追われても、何とか逃げて帰投するねばりを持っていた。彼は、筆者と共に、イ号作戦にも出撃し、ソロモンで、戦果をあげたが、昭和十九年六月、マリアナ沖海戦で戦死した)
ヨークタウンの艦橋で、空を見上げていたバックマスター艦長は、真昼の花火を見ている思いだった。艦は面舵をとっていた。次々に突っこんで来る日本の爆撃機が、火焔をふき、マグネシュームのような閃光を放ちながら落ちて行く。
「あれは、高角砲、これは機銃によるものだ……」
彼は七機までを数えた。
八機目はなかなか落ちなかった。それだけではなく、高度二百五十メートル位で、楕円形の樽のようなものをおっぽり出すと、蒼白い腹を見せて引き起こし、北東の海面すれすれに逃げて行った。
樽は、少し頭をふりながら、バックマスターの方に落ちて来た。
「舵中央! 取舵一杯!」
彼は大あわてでそう下令した。
しかし、遅かった。樽はふらつきながら落下すると、ヨークタウンの艦橋をかすめ、すぐ左うしろの飛行甲板に命中し、格納庫甲板で爆発した。二百五十キロ爆弾は、格納庫にあった予備機をふきとばし、近くの機関砲の砲台員四十余名に死傷者を出させた。(これが土屋の投下した爆弾であった)
「やられたか……」
バックマスターは、フレッチャーと顔を見合わせたが、いつまでもにらめっこをしているわけにはゆかなかった。次の爆撃隊が突入していた。もう、グラマンの迎撃は間に合わなかった。九機の九九式艦爆は、六十度位の適正な降角で、南西すなわち太陽を背にした形で突っこんで来た。
第二中隊長、山下大尉は、被弾して、機上戦死し、そのまま海に突っこんだが、一小隊二番機の松本兵曹は、飛行甲板右舷後部に陸用二百五十キロ爆弾一個を叩きこんだ。
ここに不思議なことが一つある。飛竜の艦爆隊は、五個の二百五十キロ爆弾をヨークタウンに命中させたが、そのうち、瞬発の陸用爆弾は、この松本の一発だけで、他の四個は、土屋のものも含めて、徹甲弾といわれる通常爆弾である。有名な「雷装を爆装に換え」が赤城の司令部から下令されたとき、飛竜でも、通常爆弾を全部陸用爆弾に換えたはずであるが、実際はそうでなかった。飛竜の兵器員や、整備員は、間もなく敵空母が出現することを予想して、まことにのろのろと転換を行っていたのである。従って、「敵空母発見」で、再び母艦用に爆弾を切り換えたとき、飛竜では、ほとんどが通常爆弾になっていたので、転換は非常に早く、艦爆隊も、緊急発進が出来たのである。山口司令官は、この事実を知っていたかどうか、今となっては、確かめる術《すべ》がない。
さて、飛竜第二中隊、二小隊は、二弾をヨークタウンに浴びせた。二小隊一番機の中沢岩夫飛曹長は艦橋後方二十メートルのリフト附近に命中弾を得た。(中沢飛曹長も、筆者が飛鷹乗組のとき、同じ艦爆隊にいた。やはり、顔に火傷をして、ケロイドがあった。無口で、といって、ニヒルではなく、温厚なパイロットであった。まだ健在のはずである)
二小隊二番機の瀬尾兵曹は、艦橋のすぐ真横に徹甲弾をぶちこんだ。
バックマスターは、眼の前ではなく、瞼の裏が、赤く燃えるのを感じた。太陽が眼の中に出現したようであった。実際、この一弾はこたえた。投下高度が低く(二百メートル以下)爆弾の落下スピードが速かったため、この一弾は、下甲板の下の機関室で爆発した。この爆発は罐室をはじめ、事務室、士官室など多くの部屋を破壊し、大火災を生ぜしめた。このため、ヨークタウンは、ほとんど停止せざるを得なくなったのである。
そして、最後の一弾、三小隊一番機中川静夫飛曹長の一弾は、艦橋前方のリフトに直撃し、リフトをふきとばし、下甲板で爆発し、火災を生ぜしめた。この報を受けたバックマスターは、爆風で灼けた顔をなでながら、心配した。火災の位置は、ガソリン庫に近く、また十二・七サンチ高角砲の弾火薬庫からも遠くなかったからである。
こうして、飛竜の艦爆隊は、十八機のうち十三機を失い、残る五機が投弾した。そして、投下された爆弾はすべて命中している。この限りでは、命中率百パーセントと言えよう。
ここに不思議な事実がある。防衛庁戦史室の「ミッドウェー海戦」によると、ヨークタウンには、以上の五弾のほか、最後部、リフトよりも艦尾よりに一弾が命中しているが、これは、誰が投弾したものか不明である。しかし、生還した搭乗員のすべてが、この位置に大破孔があったことを認めている。
ところで、ウォルター・ロードの「Incredible Victory」には、興味深い記述がある。
爆弾を投下した日本の飛行機は海面すれすれに飛んで退避したが、そのなかに、尾翼に黄色い筋があり、胴体のまわりに赤い二本の帯が巻いてある機があった、とヨークタウンの機銃員が証言しているというのである。
筆者も艦爆隊にいたが、尾翼に黄色い筋がつけてあるのは、指揮官機であり、胴体に赤線二本を巻いているのは、中隊長機である。しからば、小林大尉か山下大尉かのどちらかが、投弾して、途中まで退避したものと思われる。このうち、小林大尉は火焔に包まれ、投弾した後、海面に落ちたという生還者の証言がほぼ当たっていると思われる。しからば、一旦逃げのびた中隊長機は、山下途二大尉であると推定され、従って、ヨークタウン艦尾近くの命中弾も、山下大尉の投弾によるものと推定せざるを得なくなる。かくして、謎の一弾をめぐるミステリーは、解決ということになるのである。
フレッチャー提督は、艦橋で夢を見たような表情で立っていた。実際、バックマスターにはそう見えたのであるが、フレッチャーは、夢を見ているのではなかった。艦橋近くに落ちた至近弾のために、鉄片が彼の頭をかすめ、帽子がふきとび、頭皮から出血しているのであった。
「アドミラル……」
とバックマスターは痛ましげに言った。
「頭から血がふき出ています」
すると、フレッチャーは、ブラック・ジャックらしい表情をとり戻し、
「おれの頭にも来たか」
と言い、帽子を探すように、あたりを見回した。
ヨークタウンの火災は激しかったが、応急員は、珊瑚海の教訓を鮮やかに記憶していた。バックマスターの叱咤激励によって、火災は間もなく下火になり、そして、驚くべきことに、被爆後三十分間で、飛行甲板はふさがれ、発着がほぼ、可能になった。かねてバックマスターが準備させた、木板、穴のあいた薄い鉄板、そして、それをとめるボルト、ナットなどが、大いに役に立った。
午前九時半、バックマスターは、鼻の穴をふくらませながら、フレッチャーに言った。
「アドミラル、本艦は再び使用可能です。いま、罐の圧力を上げております」
これに対して、頭に白いほうたいを巻いた、ブラック・ジャックの返答は、誠につれないものであった。
「長い間ご苦労だった、バックマスター。私は、今からアストリアに移ることにした」
「行くんですか?」
「左様、本艦は停止したままだ。それに、電信室が破壊されている。これではタースク・フォース(機動部隊)の指揮はとれない」
間もなく、重巡アストリアの内火艇がヨークタウンに横附けになった。
「グッドラック、バックマスター、武運を祈る。潜水艦に気をつけたまえ……」
そう言い残すと、バックマスターの掌を軽く握り、提督は、ロープにしがみついて、内火艇の上に、ころげ落ちるようにして降りた。——ブラック・ジャックはまだやる気だな——そう考えてうなずくと、バックマスターは上空を旋回しているヨークタウンの飛行隊に、エンタープライズか、ホーネットに行くよう、信号を送らせた。