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テーブルの雲13

时间: 2019-07-30    进入日语论坛
核心提示:チューブの風 ロンドンでは、いつも地下鉄に乗って大英図書館へ通った。 ゴトゴトと動く木製のエスカレーターで地下深いプラッ
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 チューブの風
 
 
 ロンドンでは、いつも地下鉄に乗って大英図書館へ通った。
 ゴトゴトと動く木製のエスカレーターで地下深いプラットホームへ降りていくと、途中から煙いような小便臭いような匂《にお》いがしてくる。ホームには、ごく原始的な電光掲示があって「MORDEN via Charing cross 3mins/MORDEN via Bank 7mins」というような具合に、次と、次の次に来る電車の行先と待ち時間を教えてくれるのだが、これは全く当てにならない。三分と出ていても、それが本当に三分後にやってくることは稀《まれ》だからである。やがて、表示が二分になり、一分になり、それでも一向に来ないで、しまいに時間表示が消えてしまったりすることもある。
 しかし、そんな表示にかかわりなく、ホームで待っている人たちの表情がふっと変って、「お、電車が来たぞ」という顔つきになる時が訪れる。電車のやってくる方向のトンネルから、ヒューッとホコリ臭い風が吹き出してくる瞬間である。
 ロンドンの地下鉄は、チューブという通称が示すとおり、多く一線路当り一本ずつの丸い鉄筒を地下に埋めるという簡便な工法が用いられて来た。で、電車そのものも、トンネルの大きさにピッタリと合わせて丸く角の取れた形にデザインされているのである。そうすると、電車自体が換気のためのピストンという働きをするわけで、電車は夥しい空気を前方に押し出しながらやってくる。それがこの「チューブの風」である。
 チューブの風が吹いてくると、電車を待っている人たちの髪が一斉《いつせい》に揺れる。やがて電車が止まる。駅によっては車体とホームの隙間《すきま》に注意せよという意味の「Mind the gap!」というくぐもったアナウンスが呪文《じゆもん》のように響き、鈍い音を立ててドアが閉まり、そうして、人々を乗せて、電車は再びチューブの闇《やみ》の中へ消えて行くのである。がらんとしたホームには、次の電車の到来を告げるサインが空《むな》しく光っている、またチューブの風が吹いてくるまで……。
 私は、いつもこのチューブの風に吹かれながら、あぁ、これがロンドンだ、と思った。いつかロンドンを舞台にした哀《かな》しい恋物語を書いて、その恋人の巡り合いと別れの場面に、きっとこのチューブの風を吹かせてみよう、と思ったりもした。題名は『チューブの風』として、と……。
 最近、ロンドンに行ってみると、木のエスカレーターは急速に鉄製の新式に置き代わり、あの寝惚《ねぼ》けたような牧歌的改札もすっかり機械化されつつある。黒く汚れていた壁はどんどんきれいに塗り替えられ、ついこの間まで残っていた前世紀の遺物的な雰囲気《ふんいき》は今や全く消え失せようとしている。それはいかにも寂しかったが、しかしホームに立ってみると、あのチューブの風だけは、昔とちっとも変っていなかった。その吹き方もホコリ臭い匂いも。
『チューブの風』は、フフ、いまだ書かない。
(補記 その後、一九九五年十一月に、私は澤嶋優というペンネームで『スパゲッティ・ジャンクション』という長編恋愛小説を集英社から出版した。白状すると、この小説こそ、ここで言う『チューブの風』にほかならない。興味ある方は、ぜひ御一読下さい。)
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