天に代わりて不義を討つ、というわけではないけれど、先日妻に代わりて平目を一匹討ち果たしたので、その顛末《てんまつ》を報告することにしたい。
ある知合いの方から、生きたままの平目を一匹|頂戴《ちようだい》した。元来私は、シャケとか鯉《こい》、または鰺《あじ》や鰯《いわし》なんかならば幾度も捌《さば》いたことがあるけれど、平目には初見参で、極端に言えば切先の立てども分らぬ。そこで、この平目と一緒に入っていた捌き方の説明図を研究しつつ、あとは寿司《すし》屋の職人の手捌きなんぞを思い出しつつ、取りかかることにした。
「さーて、では只今《ただいま》から手術を始めます」というと、妻も息子も娘も「どれひとつ見物しよう」といって台所に集まってくる。
まず首と尾の一部を切って血を抜け、とある、エイエイグシグシ、と庖丁《ほうちよう》を入れると平目は驚いてビクビク動く。そいつを逃さず押えつけて、尾を鉤《かぎ》に引っ掛けてぶら下げ、五分くらい吊《つる》しておく。そうするとポタポタ血が出て、色や匂《にお》いが良くなるのだそうである。平目がビクッと動くと「オオッ、動いた」と息子、すると「痛そうだね」と娘。血はそれほどダラダラ出るわけでもない。「蛙《かえる》の解剖の経験からするとね、その傷口に蒸留水をかけると出血がスムースにいくかもしれないよ」、息子がさっそく学校の勉強を平目に応用する。「お風呂《ふろ》の中で手首を切って自殺するって、あれだね、お兄ちゃん」と娘は妙な知識をここに応用する。血が抜けたところで、まな板に奴《やつ》を横たえ、首を落すという段取りである。エイッと気合いを入れて介錯《かいしやく》をつかまつると、首の骨を断つ瞬間に全身がバタバタ悶《もだ》えた。「ギョエーー!」と子供たちが叫ぶ。こうして、五枚下ろし、皮|剥《む》き、刺身となって哀れ平目は口中の藻屑《もくず》と消えたのである。その間見物専門の妻が「そこちょっとぐちゃぐちゃになったんじゃない」などと余計な批評を加えると「カーチャンがやればもっとグッチャグチャになるじゃないか」と子供がやり込めた。ハッハ。で、骨や頭は潮汁《うしおじる》となって成仏《じようぶつ》、これにて平目討ちの顛末は一件落着。めでたし。