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テーブルの雲52

时间: 2019-07-30    进入日语论坛
核心提示:恐るべき学園祭 あぁ、ことしもあの恐るべき学園祭の季節がやってきた。 どうして「恐るべき」かというと、それは学校中めった
(单词翻译:双击或拖选)
 恐るべき学園祭
 
 
 あぁ、ことしもあの恐るべき学園祭の季節がやってきた。
 どうして「恐るべき」かというと、それは学校中めったやたらと食べ物屋ばかりになってしまうからである。
 そもそも、私は、この十何年かの女子大教師生活で学んだ結果として、現今の女子大生の味覚をまるっきり信用していない。
 だいいち、今の学生の母親たちが、ろくなものを食べさせていないらしい。ハンバーグとかカレーなんてのはむろんよく知っているけれど、たとえば「鰯《いわし》のフライ」となってくると、まず半分くらいは、
「食べたことなーい」
 と言うであろう。鰯でもそのくらいのもので、一度「飛び魚のフライ」で試してみたら、クラス中で一人しか知らなかった。
 まして、鰯を指で開くなんてことは、知ってる女子大生がいたら、ひざまずいて拝んじまうくらいのものである。女の子たちが知らない、ということは、まして男の学生どもは更に輪を掛けて知らないだろう。夜明けは遠いのである。
 味覚というものは、子供の頃からの「刷り込み」がものをいうことは、これ常識である。その子供の頃に、心のこもった、ヴァラエティに富んだ食生活を経験していないのであるからして、大人になって俄《にわ》かに「家政学」なんか勉強しても無駄無駄! それはいわゆる「畳の上の水練」、いいかえれば「死んだ知識」にしかなりはしない、ということはこれまた理の当然ではあるまいか。
 お料理やお裁縫が好きだから家政科に来たんだろう、などと思うのは大きな間違いで、ナニ、高校生が学科を選ぶのは、ほとんど偏差値とか偶然とかによるのである。そこで、英語の嫌いな英文科学生、古文の苦手な国文科学生、などというのが盛大にいるのと同様、味音痴や手先の不器用な家政科学生なんか、今や、ちっとも珍しくないのである。
 学生たちが京都に行く相談をしている。聞いていると、ナニガシ屋という料理屋のお弁当が「オススメ」だから「絶対行こーねーっ」とか言って騒いでいる。その頃、私はちょうど京都に行く機会があったので、良い幸いにこのナニガシ屋に行って、くだんの弁当を喰ってみた。
 客席は、そこらじゅう女子大生とOLばかりである。
 さて、この「オススメ」の弁当はいかがであったか。
 あっさり言ってしまうと、それはそれはショウモナイ味であった。職人がもう客をばかにしているとしか思えない低劣な味で、盛りつけもぞんざい、器もいいかげん、これじゃあ学生食堂の定食と良い勝負だ、と思って呆《あき》れたが、その結果、私は半分も食べるに及ばなかった。ま、そりゃ、女の子向けのいい加減な雑誌の記事のいうことなんぞを信用する方がどうかしてるというものであるが、でも、万一マグレ当りということだってあるかもしれない、そう思った当方がこれはバカでした。
 それはともかく、現今の女子大生の味覚は極めて保守的である。つまり|自分の知っているもの《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》しか口にしようとしない、とこれが紛れもなく一般の傾向である。もちろん例外だってあるけれど、例外はあくまでも例外である。たとえばロンドンで、当地に語学留学中の若い女の子なんかにきいてみると、ほとんどイギリスらしい独特の食べ物なんか食べていない。食べないばかりか、知りもしない。知らぬばかりか、知ろうともしない。これはインテリジェンスの欠如ということである。いいかえれば頭脳が幼稚だということである。さらに酷評すれば、味覚的にはドッグフードだけで満足してる犬なんかとさして変りがないということである。それは困りますね。なにしろ、こういうのがまた母親になって、味音痴の子供をどんどん再生産していくわけだから……。
 さて、そういう恐るべき人たちが、学園祭ともなると、にわかに思い立って食べ物屋をやろうってんだから、これはどうしたって「恐るべき」ことが出来《しゆつたい》せずにはおかない。
 ウドンをやっている「店?」に入った。この場合教師は最大のお得意さんで、まぁ視察を兼ねて教育的配慮から彼女たちの作ったものを食べることにしているわけである。さて、ウドンですが、ウドンといったってばかにしちゃいけない。ああいう味のあるような無いようなものは、ツユが全《すべ》てである。ツユをちゃんと作って、熱い状態で食卓に供する、これが原則である。しかるに、このウドンは、ちいさなドンブリにウドンばっかり入っていて、ツユは申し訳のようにかかっている。いやウドンをかき分けて箸《はし》で掘り出したらようやくツユの顔が見えた。こんなところに隠れておいでとはツユしりませんでした、というくらいのものである。それも、しかし、塩水に若干色の付いたくらいのもので、日向《ひなた》水のようにぬるかった。学園祭だからいい加減でよろしいというものではないだろう。ところが出口のところで、友達らしい女の子が「お世辞じゃなくて、ウン、ホント美味《おい》しかったヨォ」と、その店の子に言っているのが聞こえた。私は、やれやれ、この子は本気でそんなことを言ってるんだろうか、と甚《はなは》だ恐れ入った。
 次に焼きソバを食べた。
 焼きソバというものは、お祭りには欠かせないアイテムであるけれど、もちろんあれは蒸した中華|麺《めん》を野菜や肉なんかと一緒にいためてソースで味をつける、というのが下世話な食品としての焼きソバの本格であります。
 さて、そこで、この学園祭の焼きソバは、というと、鉄板の上でいためてはあったけれど、そしてソースで味はつけてあったけれど、やんぬるかなソバ自体が蒸してない生の中華麺だったのである。こういうものは一口以上口にすることは難しい(試してごらんなさい、ネチョネチョで粉臭くて名状し難《がた》いものだから)。にもかかわらず、そこらにいた女子学生たちは、平気でパクパク食べていたので、私はなにやら荒涼たる気分になった。
 教室というものは本来食事を供するようには出来ていない。だからウドンがさめてしまうのもやむを得ないという言い訳は出来るかもしれぬ。
 けれどもね、そういう教室で食べ物屋なんてものをやろうとしか思い付かない女子学生一般の意識、それこそじつはもっとも「恐るべき」ことがらではなかろうかと、私はひそかに天を仰ぐのである。あぁ、学園祭の秋!
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