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ルンルンを買っておうちに帰ろう07

时间: 2019-07-30    进入日语论坛
核心提示:ブスはやはり差別されても仕方ない ブスはなぜかやたら明るい。 ブスというのはなぜか神話をもっていて、これは小さな頃から母
(单词翻译:双击或拖选)
 ブスはやはり差別されても仕方ない
 
 ブスはなぜかやたら明るい。
 ブスというのはなぜか神話をもっていて、これは小さな頃から母親に、
「きれいな人っていうのはね、きれいな心をもっている人のことをいうんですよ」
 とか、
「いつもニコニコして皆さんに好かれる性格になるんですよ」
 といわれつづけたからに違いない。
 いまつらつら思うに、私も母親にこのテの絵本ばかり見せられていたようなふしがある。はっきりと聞いたことはないけれど、当時幼女だった私の顔つきから、彼女はなにかを悟っていたのかもしれない。
 さて、そうやって母親の必死の教育をうけた女の子たちは成長してどうなるか。
 すごくうるさいブスになるのよね。
 彼女たちは、�個性的�という言葉をまだ信じている数少ない人種で、これに救いをもとめようとするあまり、やおら奇矯な行動に出ることが多い。
 スナックで突然乳首を見せたり、カラオケのマイクを奪いとって、ぜんぜん似てないモノマネをはじめたりするのは、ほとんどといってブスである。よく見てごらん。
 ブスは突然暗くなる。
 自分たちがこれほどサービスしているのに、世の中には全くなにもしなくても、人から好意をもたれる女たちがうようよいるのを知ってしまうからである。
 彼女たちはすごく損をしていると考える。ブスの神話の中には、
「きれいな顔をしている女の子は意地が悪い」
 という章があるが、これがあてはまらない子たちもけっこういるということがわかってくるからイライラはつのるのみである。
 ブスはものすごくねたみ深い。
 その憎しみは美女に向けられるのではなく、もっぱら自分たちの仲間にいくことが多い。ブスの中にも運がいいのがいて、けっこういい男と結婚したり、デキちゃったりするのがいたりするでしょ。するとすごいのよね、
「あっちの方のテクニックがいい」
 とか、
「親がすごく土地をいっぱいもってて、持参金をはずんだ」
 とか噂を流すのも彼女たちだ。
 話は突然変わりますが、例の田中康夫センセイの奥さん、最初見た時びっくりしちゃった。あれで私は少し彼のことを見直す気になったんだけれど、実物のセンセイを見たら納得。だって病的短足の五頭身なんだもん。あれならあの程度がお似合いみたい。すこしもひがむことはないのよ、ブスの皆さん。
 つまり、ブスつうのは、ものすごく情緒不安定なのである。まわりの人はすぐ疲れて、自然敬遠ぎみになってくるのは仕方ないのだ。
 まあここまでは、私もかなり同情的になってくるが、最近進出しはじめた�どっ派手《ぱで》ブス�という存在は、もはや救いがたいものだと思うね。
 このあいだ原宿《はらじゆく》の会員制のディスコへ連れてってもらった。タレントとかナウい人たちがウロチョロしてるとこだ。
 そこで私は悪夢のような二人を見た。最新流行の刈り上げヘア、メイクもこれまた最新流行で、黒に近い口紅がヌメヌメと塗ってある。頬紅はまっかっか。スタジオVかなんかのミニスカートをはいて、いかにも物なれたふうに、ということは非常につまんなそうに煙草をふかしていた。
「毒をもって毒を制す」
 というのはなかなかいいアイデアだと思うが、はっきりいって「ブス」という存在に照りがかかってキラキラ輝いている感じだった。こわかった。
 女には誰でも「愛されたい」「目立ちたい」「自己主張したい」という欲求があるけれども、ブスがやるとすべて目ざわりになるのはなぜだろうか。
 結局「分不相応」なのね。
 あのヒトたちはまだ先生たちに教わった「人間はすべて平等で、等しく幸福になる権利がある」なんて思想を信じているのかしらん。
 私は幼い時から賢かったから、十歳ぐらいの時に、その欺瞞《ぎまん》をみごと看破してましたぞ。
 ルミコちゃんにヒロミちゃんに、サチエちゃん、小学校時代、お人形さんみたいに可愛かった同級生たちを思い出す。みんな先生たちにヒイキされて、遠足の時はいっしょにオニギリ食べたりしてたものね。私だって学校一のブスといわれてたカズミちゃんとお話しするよりも、ルミコちゃんの横にいた方が好きだった。花模様のブラウスを見たり、ピアノをひいたりする真っ白い指なんかうっとりしながら眺めたものである。だから先生とかみんなの気持ちはすごくよくわかった。
 私もそうなのだから、他人もそうだと思う。幼いながらさすが私は賢かった。そのけなげさは今日までつづいて、美女たちが世間から優遇されるのを見て、なるほどと思う。
 その反対にブスがでしゃばって、やたら喋ったり歌ったりするのは、本当にみにくいと思う。
「私ってね、がらっぱちでしょ、あけすけなことが好きでしょ。そおー、よくいわれるんですよ、本当におもしろい女だってね、アハハ」
 なんていわれると、なんかいたましくて、胸の奥がツウーンとなってしまう。もっとひらきなおって、
「あたしゃブスだから」
 なんていっている女は死ねばいいと思う。
 ブスといいながら、実はものすごく媚《こ》びていることに本人は気づかない。
「ブスだから」という言葉の裏に、
「だけど心はやさしいの」
「謙虚でしょ」
「明るい性格でしょ」
 と十言ぐらい隠されているような気がするのだ。
 少しいいすぎたかしら、ワタシ。
 それじゃ、ブスはどう生きりゃいいのよ、エー、と問いつめられそうだからお答えします。
「個性的に生きる」などという言葉はまずお捨てなさい。ブスは普通に生きるのがいちばんよいのです。リキまず、うらまず、主張せず。「普通」の素敵さをいうことを、顔が普通じゃないひとはもっと勉強すべきだと思う。イッセイとかワイズとか普通じゃない服は絶対に着るべきじゃない。
「装苑」とか、「主婦の友」の付録に「体型別ファッション」という企画が時々あるけれど、「ブスのためのファッション」というのもマスコミの責任としてぜひやるべきである。
 感じのいいブスには、社会ももっと寛大になってくれるというものだ。
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