去年のイヴの夜は、夫と二人で和食屋へ行き、日本酒でぐでんぐでんに酔ってしまった。気がつくと、何とお化粧をしたまま眠ってしまったのである。
朝起きて後悔のあまり、しばらくぼうっとしてしまった。女なら誰でも知っていると思うが、化粧をして眠るのが肌にはいちばん悪い。朝になると脂がヘンな風にギラギラ浮いてくるのである。
口惜しい。イヴの日はエステに行き、一時間半もみっちりとお手入れをしてきたのだ。それなのに一晩の油断が、何だかシミをつくったみたい……。
自分で言うのもナンだけれど、私は肌がとても綺麗《きれい》デス。若い頃なんか、男の人も交えて旅行に行くとする。すると男の誰か一人が必ず言ったもんだ。
「キミって、肌が綺麗だねえ……」
朝食の際、まるっきりお化粧をしていない私の肌は白くさえざえとしていたはずだ。
あの頃、みんな肌を誉めてくれたら、どうしてその先の服の下に隠された私の肌について考えてくれなかったのであろうか。みんな目先の贅肉《ぜいにく》にまどわされて、そこまでは思いが及ばなかったのね……。若い頃っていうのは、肌が汚なくてニキビだらけでガリガリでも、目鼻立ちのちょっといい女の方に、男のコの人気が集まったけど。みんなバカよね、当時の私の魅力に少しも気づかなかったなんて……。
さて、今までは前置きで、ここからは本格的な自慢話に入る。つい先日のこと、テツオから電話がかかってきた。
「うちの会社のやつがさ、あんたに会ったらさ、あんまり美人になったんでびっくりしたって言ってたよ」
あの口の悪いテツオがこう言ったのである。私は喜びにうち震えた。そう、私は努力してるもんな。
ダイエットはしょっちゅう成功と挫折《ざせつ》を繰り返しているが、最近多くの人から必ず言われるのに「すっごく痩《や》せた」というのがある。が、私は実はちっとも痩せてはいないのである。体重はむしろ増えつつあるといってもいい。それなのにどうして痩せた印象を与えるかというと、私の顔の輪郭が変わったからだ。
知ってる人もいるかもしれないが、私は七年前に歯の矯正をした。それもテツオのひと言によるものだ。
「あんたはさ、目は大きくていいんだけど、顔が下半身ブスなんだ」
口が前に出ていて下品に見えるということらしい。私もかねがねそれを考えていたので歯科医に相談した。すると先生は言ったものだ。
「ハヤシさんみたいな顔立ちは、歯を直すとすっごく変わります、別人みたいになりますよ」
そんなわけで私は歯を七本抜き(親知らずが三本入る)、三年間ブリッジをしました。この間それはそれは、つらい日々であった。なにしろ歯にずっと針金を通していたのである。食べるたびに歯にものがひっかかる。あの頃は食べ終るとすぐに洗面所にすっとんで、歯磨きをしたものである。
当時のこんな思い出がある。ある男の人と北海道|富良野《ふらの》に旅行した。食いしん坊の私は、途中で売っているトウモロコシを食べたくて食べたくてたまらなくなった。ブリッジをしたままトウモロコシを食べるとどんなに悲惨なことになるかと考えたが、相手はまるっきり�ジャストお友だち�の関係ない男である。ま、いいかと私はタクシーの中でトウモロコシにむしゃぶりついた。そして途中ニタッと笑った私に、彼は恐怖に満ちた目でこう言ったものだ。
「キ、キミ……、ブリッジをしたままトウモロコシ食べるなんて最低だよ」
こんなつらい思いをしたのに、ブリッジをはずしても私の顔にはどうという変化も起こらなかった。確かに口は二センチぐらいひっ込んだけど、それって横顔にならないとわからないぐらい。
「別人になるなんて嘘じゃん」
と私はフンガイしたのであるが、ブリッジをはずして四年、私の顔は少しずつ変わっていった。顎《あご》の線が次第にシャープになっていったのである。
美人は輪郭だと誰かが言ったが、確かにだぼだぼの二重顎の美人はいない。見よ、私の顔は何だか都会風のほっそりした線を持つようになったではないか。
鼻の形は整形で直したいところであるが、整形手術は年をとってから、がくっとくる。まるで地崩れを起こしたように肉がどどっと落ちてくるのだ(タレントの○地○○参照)。最近私は、エステサロンで買った電気の棒で鼻をずずっとなぞっている。今回何を言いたいかというとですね、努力次第で女は美人になれる。私が言うと説得力がないので、三割がたは確実によくなると断言出来る。