近年ないほど体重が増えてしまったことは、先週お話ししたと思う。
こういう時は何をやっても楽しくない。おいしいもののお誘いを受ければ、
「私をますますデブにしようとしている」
と恨むし、ちょっといいナ、と思う人から今度会おうと言われても、
「どーせ、私みたいなデブなんか、何にも芽ばえるはずはないし」
とひがんでしまう。全く何もいいことはない。
最近、私は体脂肪率がわかる体重計を買った。これはあらかじめ自分の身長を登録しておき、ボタンに足を載せる仕組みだ。そうするとまず、数字が現れ、私の体重が表示される。ここまでは普通の体重計と同じであるが、この機械は体脂肪を計算するため、しばらく体重の値がディスプレイされる。わずか十秒か二十秒のことであるが、この間生きた心地がしない。夫がひょいと覗《のぞ》き込んだらどうなるであろうか。信じられないような数字に目を疑い、あわや離婚ということになってしまうかもしれない。
朝、夫が洗面所やトイレへ行った隙に、大慌てで体重計に乗る私。もし彼が不意にやってきたら数字をすぐに隠せるよう、片足をディスプレイのところに置いておくの。
食べるものもそりゃあ気をつけているのであるが、どうも以前ほど体重が落ちていかない。
「少し運動しろよ、運動をよ」
とテツオが言う。テツオももう三十代後半であるが、贅肉《ぜいにく》はないしお腹も出ていない。これは偏愛しているともいえるゴルフの賜物《たまもの》であろう。なにしろ彼は、会社からもらう二週間のリフレッシュ休暇の際、ロスのゴルフスクールに通ったという実績を持つ(しかし、あまり効果はなかったようだ)。
私も何年か前、ずっとプロのコーチについたことがある。何度もグリーンに出たこともある。が、そのたびに友人を失った。
「もうハヤシさんとは二度としたくない」
と彼らから言われたものだ。その口調は大学生の時とまるっきり同じだ。あの頃毎年スキーに出かけたが、初心者の私は一回転ぶと二度と起き上がれなくなった。そのため両脇に二人の男の子がついてくれなくてはならない。滑れない彼らは次第に私に憎しみをつのらせ、
「もうキミなんかと絶対に来ない」
と罵倒《ばとう》したものだ。私の運動神経の度合いというのは、どうやら他人を激怒させるものがあるらしい。
それにしても今回のデブ加減はかなり深刻である。私はウォーキングに加え、ジム通いもすることにした。ずうっと前、私は青山のおしゃれなジムの会員であった。ところが初めて行ったところ、すっごくこわいスタッフがいて、
「さっ、血圧測って。さっ、体重計に乗って」
とせきたてられ、早々に逃げてしまった。高い入会金を払ったのに、たった二回しか行かずにやめてしまった。
そして私が次に入会したのは、やはり青山に出来たスポーツクラブである。ここはうんと入会金が高い贅沢《ぜいたく》なクラブであった。おかげでどこも空いていて、プールやお風呂《ふろ》など人影を見たこともなかったほどだ。
が、バブルがはじけてから、ここのクラブは経営が苦しくなったようで、入会金を三分の一にし会員をぐっと増やした。このあいだ久しぶりに行ったら、芸能人や野球選手がいっぱいいてびっくりしてしまった。
スポーツクラブに芸能人がいるとイヤ、という一般人はかなり多い。それは彼らの美しさに圧倒されてしまうからだ。私が以前入っていたスポーツクラブは、ジャニーズ事務所ご用達の観があったが、彼らがトレーニングを始めると、動きも訓練の仕方もまるで違う。あんまりカッコよすぎて、一般人は隅の方でコソコソという感じになってしまうのだ。
また芸能人の方も、私みたいなのを嫌がる傾向がある。そりゃそうであろう。素顔をさらす場所に、私のようないかにもお喋りな女がいたら気が休まるはずがない。そんなわけで、わがスポーツクラブにも非常に行きづらくなった。他のところに移ろうかなどとも思う。
今のところ東京でいちばん人気があるのは、パークハイアットのスポーツクラブである。ここは広くて静かでとにかく素敵《すてき》なんだそうだ。私の若い友人はここの会員である。
「行きたい時はいつでも言ってください」
と言われているのであるが、ハタと迷う。彼女はプロポーション抜群の女のコである。ハイレッグの水着がよく似合う。パークハイアットのプールサイドはやはり彼女みたいなのでなくてはいけないのではなかろうか。私のようにくびれなし、完全立方体、スクール水着着用というのはまずいのではなかろうか。いっそのこと、別の友人が通っている区立のプールに行こうか……。
あれこれいじいじ悩んでいるうちに、すっかり行く気を失くしている私である。ダイエットもバーチャル・リアリティの中でだけ行なうようになったら、女もおしまいです。