日本中が、中田、中田と騒いでる。
私のまわりでも、いままでサッカーに興味のなかったようなオバさんまで、彼にお熱を上げている。全くけしからん。こういう人のことを本当のミーハーというのであろうが、私も、もちろんこうしたうちのひとりである。
私は前から前園のファンで、彼に対する気持ちはいまも変わっていない。ちょっと不調になっているものの、彼だったらすぐに前のパワーを取り戻せるだろうと信じている。
そう、私は、一度好きになった男を忘れない。昨年の対談の際、二人で撮った写真はずうっと手帳に入れているし、彼と行った焼き肉のことは、ずうっと私の大切な思い出だ。私はゾノに心中《しんじゆう》だてて、中田のことを好きになるまいと思っていたのであるが、聞けば二人は親友同士というじゃないの。それに、やっぱり中田は素敵《すてき》ですよね。試合している時もいいけど、ユニフォーム以外のものを着たらまた最高。あんだけ洋服を着こなせる人は、タレントの中にもいるもんではない。
私の仲良しの女性編集者で、この頃中田と親しくなったのが出てきたので私は口惜しくて仕方ない。
「昨日さ、ヒデとご飯を食べたの」
などという言葉を私はどんな思いで聞いたことであろうか。口が裂けても、
「一回会わせて」
なんて言いたくない。私にもプライドというものがある。それに彼が私のことを知っているわけもないであろう。が、私と彼は何あろう、大きな共通点があるのだ。ジャーン、同じ山梨県出身なのである。
山梨はなまじ東京に近いばっかりに、よくイジめられる。かの田原俊彦さんは、山梨出身ということを必死で隠そうとしていた。そういうミエっぱりは、よくないと思う。
中田が山梨県出身ということは、皆が知っている。本人もそれについて、どうということはないようだ。ごく自然にふるまっている。
それにしても中田って、どうしてあんなにおしゃれなんだ。山梨県人だなんて、どうしても信じられない。
この間、マガジンハウスから出ている「ブルータス」の表紙に、中田が登場した。
多分グッチだと思うのだけれども、黒いスーツに身を固めた彼のカッコいいことといったらない。関係者の話によると、このポスターや中吊《なかづ》りはたくさん盗まれたそうだ。
ポスターだけではない。彼の写真集も、あっという間に売り切れたという。いま日本でいちばんの人気者が同じ郷里出身というのは、なんと嬉《うれ》しいことであろうか。
思えばデビュー以来、山梨出身ということでかなり悪口を言われてきた私。「田舎者」だというのだ。が、見よ、日本でいちばんグッチが似合う若者は、山梨出身なんだぞ。
そしておとといのこと、知り合って間もない人たちと、麻布のイタリアンレストランへ出かけた。昨年オープンしたばかりで、とても流行《はや》っている。
「ハヤシさんって、どこの出身なの」
私の隣に座っていた人が尋ねた。
「私、山梨。山梨ってさ、民度が低くて文化不毛の地って言われてるの」
ワインに酔った私は、ぺらぺらと喋《しやべ》り始める。こういう時、ふる里に対して人は偽悪的になるものだ。
「有名人がホントに出ない土地なのよ。私のうちの近所に、中沢新一さんのうちがあるけど、まあ、そのくらいかしら。作家も出なけりゃ、芸能人も出ない。トシちゃんは高校まで山梨だったくせに、横須賀《よこすか》出身ってずっと言ってきたのよ。ま、イメージとしちゃそっちの方がずっといいわよね。あー、でもね」
私はドンとグラスを置く。
「中田が出たのよ、中田がいるわよ。あの中田のおかげで、私たち山梨出身は、どのくらい肩身が広くなったか!」
やがて話題は、今日観たお芝居のことになり、私はパスタを食べながらふっと目を上げる。
なんと私の真ん前に、中田が立っているではないか。本物だ。背が高い。セーターが可愛い。
「中田だ……」
思わずフォークを取り落としそうになる私。彼はトイレに立ったらしく、そのまま私たちの後ろのテーブルに座る。ということは、さっき私の話を聞いてたのね。ああ、どうしよう。友人が小声で慰めてくれる。
「仕方ないよ。いま、中田の話題は、天気の話をするのと同じで、日本中がやってることなんだから。でも後ろに座ってるなんてことは、ふつうあり得ないけど」
中田のテーブルに座った人たちが、帰り支度についた。中に私のよく知っている女性編集者がいて、なんと中田を私に紹介してくれた。すっごく感じよく笑いかけてくる中田。
「前園さんによろしくね。彼と焼き肉へ行ったのよ」
どもって何を喋ったかわからない私に、彼はにっこりと話しかける。
「今度、僕も誘ってください。すごくおいしいところだそうですね」
もちろんよと言い、私は緊張のあまりこう口走った。
「あなたは山梨の誇りなんですから、がんばってね」
後に皆から、バーカとせせら笑われたひと言であった。痛恨!