先日ホテルのスイートルームで持ち込みパーティーをして、すっごく楽しかった。
みんなかなり酔っぱらった時に、私が提案した。
「ねぇ、最後にエッチしたのはいつか、っていうのは問題あるから、最後にキスしたのはいつかを言おうヨ」
そうすると、お堅い仕事についている意外な人が、
「私はね、昨日の夜」
なんて元気よく答えて面白《おもしろ》かった。
ところでおととい、友人五人でディズニーランドへ行った。ディズニーランド十五周年パーティーで招待者だけであるから、どこも空いている。待ち時間ほとんどゼロで、おまけにどのアトラクションも乗り放題という楽しい催しだ。私はここの招待が来るたびに、どんなことがあっても行くようにしている。
三時間、脚が棒になるくらいあちこちのアトラクションを渡り歩いた。そしてその中のひとつでの話。観覧車はどれもガラガラであった。ひとつの車に私たちグループだけが乗るという贅沢《ぜいたく》さである。そして私は振り向いて驚いた。空だと思っていた後ろの観覧車にひと組だけカップルが乗っていて、その二人がしっかりとキスをしているではないか。ディズニーランドの特別の日だから出来る、特別のキスであろう。
キスをする瞬間というのがある。タイミングと言い換えてもいい。突然�される�というのではなく、お互いの気持ちがぴったり同じ時に寄り添い、まるで磁石が吸い寄せられるように、同じ速度で歩み寄る時。女のコにとって至福の時である。
私の経験だと、これはソファから「もう帰るから」と立ち上がる時、あるいは車の中でちょっと話が途切れた時などに、起こる確率は高い。
最近の若いコは、話を聞くとどうやら独立したキスの思い出がないようだ。初めてキスをした時に流れでベッドインしてしまうため、そちらの強烈な記憶にすべてかき消されてしまう。
しかし、恋というもののメンタリティをいちばん楽しめる時期というのは、二回ぐらいキスをした後ではないだろうか。まだ女のコの肉体を手に入れてない男のコは、うんとうんと優しくなっている。髪なんかを丁寧に撫《な》でてくれるはずだ。そして今度はふたりっきりになりたいとか、どこへ行こうか、などとささやく。が、拒否権はまだ女のコの方にある。
これが肉体関係に突入すると、それはそれで楽しいが、暗くどろどろしたものも同時に発生してくる。時々�手のひら返し�男もいたりして、女のコは猜疑心《さいぎしん》に苦しむ。嫉妬《しつと》だって生まれてくる。心が優しく、相手のことを愛することが出来る女のコほど、肉体関係によってイヤな女に変わることもある。
だから、もっとキスだけの期間を楽しめばいいのに、と私は言いたい。キスだけだと女のコはいくらでも強気に出られるはずだからね。
「そういえば、ハヤシさん、この話を知ってますか」
仲のいい編集者が電話をかけてきた。彼の会社にA子さんという女性編集者がいるのであるが、彼女はこの業界きっての�魔性の女�と言われている。モテ方がすごいのだ。まだ三十をちょっと出たばかりなのであるが、離婚経験がある。しかも、原因は彼女の不倫だったというのである。そしてその不倫相手と同棲《どうせい》して別れ、今は別の男性と同棲中だ。こう書くとすっごい美人と思われそうであるが、彼女は宮川花子さんをもっと太らせたタイプと思えばよい。ペコちゃんにも似ているかも。完璧《かんぺき》な三枚めの女性で喋り出すと止まらない。その話がおかしくておかしくて、私たちはお腹を抱えて笑ってしまう。
私たちの宴会には欠かせないスターといってもよい。
性格もいいし、よく見ればキュートなところもあるけれど、うーん、やっぱりモテるタイプではないような気がする。
「あの人を見てるとね、私の論理が狂っちゃうの。私の長年の勘と経験、そして作家としての洞察力をフル回転させても、あの人ってモテる女じゃないんだもん」
「でもハヤシさん、私はあの人ぐらいモテる女の人を見たことがありませんよ」
他の女性編集者が、なぜか悲しそうに言った。
さて、電話をかけてきた編集者は、このような情報をもたらしてくれたのである。
「ハヤシさん、知ってますか。A子が今の彼と初めてどこでキスをしたか」
「そんなこと、知るはずないでしょう。たぶん、どっかの居酒屋を出たとこじゃないの」
「それがね、西麻布の交差点だったっていうんですよ」
「えーっ、それはよくないんじゃないの」
あそこでキスが出来るのは、欧米系の外国人、日本人だったらモデルかタレントに限られている。
「本当に図々しいですよね。でも、あいつって、時々ロマンティックで大胆なことするんですよ」
なるほど、彼女のモテる秘密をほんのちょっぴりつかんだ気分。三枚めの女のコが、好きな人の前でだけ二枚めになる落差。男のお笑いタレントがモテるのと同じ原理だ。その手はじめにキスをする。自分がどんなに恋に向いている女かというパフォーマンスを、彼女は示すわけである。