私が常日頃から、カッコいいなあと思っているその男の人と六本木を歩いていた。
二人でイタリア料理を食べ、ワインを二本飲んだ。彼は私と全く違う職種であるが、それゆえ話が大層面白い。盛り上がってもう一軒飲みに行こうということになった。
六本木は旧テレ朝通りの裏の方、夜遅いからほとんど人通りはない。時折、ちらちらと二人の手が触れたりする。
そお! もう長いこと忘れていたけれども、恋の始まりってこんな感じだったわよね……。その時、彼の声がひときわ大きくなり、それに混じって異なるヘンな音も聞こえてくる。まさか、と思ったけれども一応尋ねてみた。
「ねえ、今、オナラしたでしょ」
「したよ」
とあっさり答えたのはいいけれど、それまでのロマンティックな雰囲気は全く消えてしまった。私は腹が立つより先に笑ってしまった。
「私とこの人って、絶対に何も起こらないわね」
さて、話はもっと深刻なことになるのであるが、女のコを何年かやっていると、むずかしい問題が時折生じてくる。つまり、この男の人はずうっと友人のままにしておくか、それとも恋人に昇格していいのかという選別である。男の友だちとしてはすごく楽しい。気は合うし、電話一本ですぐ来てくれる。こちらが失恋した時は、ちゃんと愚痴を聞いてくれてとてもやさしい。あんまり楽しくないけれど、あちらの彼女のことだってちゃんと知っている。
が、モノのはずみといおうか、浮き世の義理といおうか、そういう男友だちとそういうふうな関係になってしまうということは時々起こるものだ。この後、たいていの女のコは、深い後悔にとらわれる。この後の展開がうまくいかないからだ。
「長いつき合いの友人が、ある時恋人に変わった」
などという神話は、あまり信じない方がいいかもしれない。やはり�友人コース�に振り分けておいた男は、�恋人コース�に移行するとどこか物足りない。私の若い友人は、学生時代からのグループの一人とつき合うようになったけれども、最近別れたそうである。
「私ってもともとメン喰《く》いなのに、彼ってブーだったの。でもね、話してるとすっごく楽しくて、あっちは私のことをずっと好きだったっていうから、ま、いいかナと思ってつき合い出したんだけど」
結局、彼女からさよならした、ということなのだ。美人でキュートな彼女はすごくモテる。学生時代から女王さまのように扱われたそうだ。私は作家としての好奇心から、ついエッチな質問をしてみた。
「彼にしてみれば、ずうっと憧《あこが》れのあなたと初めてベッド行った時、大感激だったんじゃないの」
「それがね、ハヤシさん、聞いてくださいよ」
彼女は唇をとがらせた。
「私たち、ずうっと友人でいたわけでしょう。恥ずかしくって、照れくさくって、なかなかそんなこと出来ないわけですよ。だから私、途中で、何か音楽かけてって、頼んだんです」
「うん、わかる、わかる」
「だけどね、彼ってちょっとマニアックな音楽の趣味があって、焦って選んだのがアフリカ音楽。マサイ族がエッホとか言って、かけ声かけてるんです。もう吹き出しちゃいました」
この時、もしかしたら長くないかナという予感が彼女の胸をよぎったという。
女のコには、惜しかった、と思う男が二種いる。寝たかったのに駄目だった男と、寝ない方がずっとよかったと思う男だ。そういうことをしなければ、ずっといい友人でいられたであろう。たぶん十年とか二十年続く友人になって、お互い家族を持っても時々会うような男の人になれたかもしれない。それなのに恋人になったばかりに、気まずい別れをしてしまった。風の噂によると、こちらのことを恨んでいるともいう。
友人の間なら他愛ない意地悪ですんだことが、恋人になってくるとそうもいっていられなくなるのが、この世のならいだ。彼とは長く友人をしていたから、いくつかのグループを共有していた。彼と別れてから、そういうグループからもお呼びがかからなくなる。素敵《すてき》な人間関係も失うことになって、あーああ、本当にあんなことしなきゃよかったなあと思う。アレがもの凄《すご》くよかった、とかいうなら話は別だけれど、普通だったしィ、した回数だって多くはなかったしィ……とほほ……。
など愚痴っても仕方ない。人生というのは「魔がさす」ということが、多々あるものだ。酔ったはずみで長年の男友だちと、ついキスをして、それから……ということもある。
が、私は断言してもいい。�魔�に支配されない人生なんて、こんなにつまらないものはない。後でしまった、と思うことをしてしまう。それが若さであり、女である。そしてじくじく後悔をするんだけれども、それは甘やかな後悔だもの。女のコを綺麗《きれい》にしてくれる悔いなんだもの。
とにかく男にオナラされるようになったらおしまいです。それまで悔いの多い日々をおくろう。