ダイエットと心配ごとが重なり、最近不眠症の日々が続いている。
ダイエットは、夕食をどこまで軽くするかが成否の鍵《かぎ》を握っている。したがって私は、ほんのちょっぴり野菜や魚を食べる。すると眠る頃には、お腹が空いて目が覚めてしまうの。
これに心配ごとが加わるもんだから、私はまるっきり眠れない。寝つきは悪いし、朝は夜明けの三時には起きてしまう。最悪の状態である。自分でも気づかなかったけれど、私って本当にナイーブな人間なんだ。
しっかり開いた目のままで、私は考える。
「ホットミルクを飲もうかなあ。それともワインでもちょっと飲もうかなあ……」
が、ミルクもワインもとてもカロリーの高いものだ。私は頭の中でカロリー計算をあれこれ始め、ますます眠れなくなる。
そんなある日、私は食事の約束があって代官山に出かけた。約束の時間にはまだ早く、私は近くの「キッド・ブルー」をのぞいてみることにした。
「キッド・ブルー」は長年にわたって私のお気に入りであったのだが、原宿店が閉じられてから買い物をしたことがない。が、久しぶりに店へ行き、お寝巻を買おうと思った。
「キッド・ブルー」はご存知のとおり、下着とナイティの店である。ここのイメージは健康的な女のコ。木綿のものが中心になっていて、とてもかわゆい。中でも青のギンガムチェックの商品は、私が大好きなものである。
素敵なお寝巻を着れば、不眠症も治るのではないかと私は思ったのである。
そもそも私は、Tシャツを着て眠る人が信じられない。そりゃ、モデルみたいにカッコいい女のコが、Tシャツとスキャンティだけで眠ったら、大層さまになることであろう。が、私のまわりでTシャツを着る女ときたら、たいてい動機が不純である。私の友人は捨てようと思っているTシャツを寝巻として使い、くたくたになったら捨てるそうだ。冬は、スーパーで買ったネルのパジャマというていたらくである。
「だって、しょっちゅう洗濯するから、すぐにくたくたになっちゃうのよ。それにさ、誰が見てるわけでもないじゃん」
私はそういう心がけだと、いざという時に困るわよと説教してやった。
「ひとりの時も、美しく愛らしく眠る。たとえギャラリーがいなくてもね。そういう心が、彼といる時に役立つのよ」
私は思うのだけれど、どういうものを着て眠るかということは、女の人の別の個性が現れて面白《おもしろ》い。たとえば、キャリアウーマン風のスーツに身をつつみ、髪もきりっとしたショートカットの女性が、お寝巻は意外にもロマンティックでラブリーなものが好きだったりする(「キッド・ブルー」ファンの私も、このタイプかもしれない)。
ボーイッシュでさっぱりしたタイプの女性が、ものすごくセクシーな寝巻を着て寝るという事実もある。ブランド好きのものすごくおしゃれな人が、そこいらで買った九百八十円のパジャマを、くたくたになるまで着ている、ということもある。
寝巻というのは、どういう人生をおくりたいか、どういう恋人が欲しいか、という隠された願望を表現しているのではあるまいか。
実はこの私、アメリカ映画に出てくるネグリジェに憧《あこが》れたことがある。夫婦のプライベートをうんと大切にするかの国では、奥さんも寝室でうんとおしゃれをする。くたびれたパジャマを着て、髪にカーラーを巻くなんてことは中流だとまずない。その代わりアメリカ女性というのは、昼間カーラーを巻く。帰ってきた夫に、綺麗な髪を見せたいからだ。このあたり、アメリカと日本は正反対といっていい。
眠る時はシルクのスリップドレス。もちろん裾《すそ》まであるやつ。それにお揃いのガウンをぶわっと羽織る。私はあれに憧れ、ニューヨークで何枚か買ったことがあった。が、いいことなんか何もなかった。シルクだから家で洗濯出来ず、クリーニング代がバカにならない。ロングのお寝巻は、寝ているうちにまくれあがって、ウエストのあたりがごろごろしてしまう。
アメリカの女の人は、あんなものを毎晩着て疲れないんだろうか。
私はやっぱり、木綿のかわゆいお寝巻が好き。代官山で買ったものは、白いレースのネグリジェである。私はこれを持ってバスルームに入り、浴槽の中にアロマテラピーのエッセンシャルオイルをたっぷり入れた。頭をぐったり縁にあずけて、深呼吸をする。
お風呂《ふろ》上がりは、新製品の脂肪をとるというローションをたっぷりと塗る。
そして最近よく読んでいるワインの本を持ってベッドに。私のベッドは、枕元と足元に猫の場所がある。それを避けて斜めに横たわる。ベッドサイドにも、花の香りのアロマを置いているんだ。動物と花に囲まれ、まるで白雪姫みたいな私よね……。
眠る前が幸せな人は、やっぱりとても幸せなんだ。だから私はダサい寝巻なんか絶対着たくないの。でも今夜もあんまり眠れない。いったいどうしたんだ!