遊びで京都へ行ってきた。
京都はご存知のとおり、�女のプロ�がごまんといるところである。若い舞妓《まいこ》さん、芸妓さんたちはいまひとつアマチュアっぽいところがあるが、名料亭やお茶屋さんの女将《おかみ》なんていうのは本当にすごい。美しくて上品で、しかも貫禄《かんろく》があるのだ。
こういう方々には、かなりの確率でお嬢さんがいて、彼女たちももちろん美人だ。同行の男性たちは、お嬢さんの方に憧《あこが》れの視線を注いでいた。
そのお嬢さんのひとりが、半日京都を案内してくれたのであるが、こういう人は歩き方まで美しい。お寺の廊下に座り、庭を見る姿勢もぴしっとさまになっている。私は、京女の底力をつくづくと感じたのだ。
京女というのは、日本全国どこへ行っても人気がある。大学の同級生にひとりいたが、顔がわりと可愛いのと、京都弁を喋《しやべ》るというので、男のコたちはへなへなになってしまった。
「うち、こまるわー」
「いや、そんなことあかん」
などと、いざとなると甘い京都弁を発するのだ。
うちの弟は大学を出て就職した会社で大阪に配属された。休暇をとり京都へ遊びに行くようになった彼は、生まれて初めて京女に接触したらしい。
「京都の女の人はキレイだ、しとやかだ」
とえらく興奮し始めた。女といえばがさつな姉を見てきた彼にとって、相当なカルチャーショックだったらしい。後に京女と結婚することになる。
私も何人かの京女を知っているが、彼女たちに共通するのは、ものごとをやんわりとうまく言うコツを知っていることであろうか。ものごとをバシッと言うのは、どうやら彼女たちの美意識に反するらしい。
「ハヤシさんって、ものを本当にはっきり言やはるわー」
と驚かれることが何度かある。
ところで、全国の男の人はみんな京女が好き、と書いたが、女も京男が好きだ。京男というのはこの場合、京大を出た男のことを言う。
東京にいて、京大卒の男と知り合うチャンスは案外少ないものだ。それだけ珍しい存在である。
東大の男はいくらでもいるが、
「ダサイ」「権力的」「エラぶっている」
と私のまわりの評判はよくない。友人の中に、東大出の男というとそれだけで目の色を変えるのがいるが、そういうのは仲間うちでも凄《すご》く軽蔑《けいべつ》されることになる。
私は大昔、京都生まれで京大卒の男性とつき合っていたことがあるが、あの頃はしょっちゅう京都でデイトをして楽しかったなあ。そのせいか今でも、京大卒と聞くと、
「アカデミック」「頭がいい」「外見も素敵」
といいイメージばっかりである。
おまけに京男も京女と同じようにあたりがやわらかく口がうまい。こちらが喜ぶようなことをいっぱい言ってくれる。優柔不断なのがナンであるが、それを我慢すればボーイフレンドとしては最高ではないだろうか。
さて京都の二日目、私は京男二人と食事をした。そのうちのひとりが、終った後、
「よかったら、僕の下宿に遊びに来ない」
と誘ってくださったのだ。
この方とは初対面であるが、京大の哲学科を出て、今、著作活動のためにひとり暮らしをしている。タクシーでさっそく東寺近くの下宿へお邪魔した。それは昔懐かしい光景であった。
小さな一軒家を借りているのだが、中は本当に下宿である。学生が住むように質素で、本が山のようにある。許しを得てもうひとりの男性と書庫へ入った。哲学はもちろん、都市学、人類学の本が、ちょっとした本屋さんぐらいある。むずかしいのばっかり。
「これを全部読んだんですか」
「ああ、僕は読むの速いから」
もうひとりの京男が、懐かし気に背表紙を読んでいく。
「あ、これ、僕が学生時代、夢中になった本だ」
などと手に取るのもいい感じ。こんなインテリっぽい雰囲気に酔うのは何年ぶりだろうか。私たち三人は扇風機と蚊取り線香の下、遅くまで話をした。といっても、私が二人の話を聞くというのが正しい言い方であろうが。
その下宿の主に別れを告げた後は当然、二人で夜道を歩く。ずっと前からちょっといいナ、と思っている人と京都の街を歩くというのは、最高にロマンティック。
「このへん、僕が学生時代、よく飲みに来たところなんだよ」
立ち止まって、彼が言う。
「あのアパートの二階に同級生が住んでいたけど、あいついったいどうしたんだろう」
まるで学生時代に戻ったみたいな感じになるのも、京都ならではである。なぜなら、この街は街並みがそのまま、と言わないまでも、しっかり残っている。思い出がちゃんと閉じ込められるようになっている。私も大昔の恋を思い出し、せつない気分になるのであった。