もうお気づきだと思うけれど、私は綺麗な女の人が好きである。美人でおしゃれだったら、もう全面的に降伏する。
若い頃はくねくねした劣等感があったために、そういうことを素直に認めたくなかったけれど、やっぱり美人はいい。世のため、人のためになっているという感じだ。時々雑誌社の人から、インタビューした女優がすごく感じが悪かったという話を聞く。くわえ煙草をして、スタイリストを怒鳴り散らしたんだそうだ。昔はそういうのにカーッとして、
「許せない! 世の中の人に真実を」
と息まいたこともあるけれど、今は、さもありなんという感じ。
「いいじゃないの、あれだけ綺麗だったらどんなことをしても許されるわよ。あの人が意地悪だって、私たちに迷惑がかかるわけじゃなし。あの人の恋人か何かだって、それでいいわけでしょう」
とおっとり構える私。何という進歩でありましょう。
あれはもうずうっと遠い日のことになる。私は女友だちと待ち合わせをしていた。彼女はすごく性格はいいのだが、容姿にはあまり恵まれていないというタイプだ。もう二十代も半ばだというのに、ニキビが顔いっぱいに吹き出ている。でもいいコ。その日、私はとてもしゃれた青山のティールームで彼女を待っていた。
やがてドアが開き、入ってきた彼女を見てそれこそのけぞるぐらい驚いた。久しぶりに会った彼女は、すごいイメージチェンジをしていたのだ。広告業界に入った、ということもあったろう。今までお嬢さん風の格好をしていたのが、最先端のパンツルック。おまけに、当時|流行《はや》り始めていた刈り上げをしていたのである。
背が低くずんぐりしていて、首が短い彼女に、男のコみたいな刈り上げは少しも似合わなかった。吹き出ものはますます増えたみたいなのに、彼女は全くお化粧もしていない。私は次第に苛立《いらだ》ってきた。
「こんな素敵《すてき》なお店で、どうしてヘンテコな女と一緒にいなきゃいけないのかしら」
と私は次第に苛立ち、そして最後は彼女に憎しみさえ抱くようになったのである。あの時はごめんね。自分のことを棚に上げてさ、いろいろ意地悪しちゃったわ……と反省しているものの、この気持ち、今でもかなりひきずっているかもしれない私。
うちの秘書は言う。
「ハヤシさんのお気に入りの女性編集者って、すごく可愛いコか美人ですよね。そうでない人に対して、ハヤシさんは冷たいと思う」
あら、イヤだわ、そうかしらん。でも何ていうのかしらん、そうでない人と一緒にいるとどんどんレベルが下がっていくような気がする。やっぱり、私もついでにぐんと引き上げてくれるような人が私は好き。
その中でも最高の人は、Hさんであろうか。彼女は三十代でありながら、ある女性誌の編集長をしている。この世界には珍しいエレガントな話し方をする。正真正銘の美女だ。
かの篠山紀信先生をして、
「そこらの女優よりもずっと美しい」
と言わせている人である。女優の松嶋菜々子ちゃんをもうちょっと大人っぽく、陰影を持たせた、といったらいいだろうか。なんと、かのテツオとケイオー大学の同級生だったという過去をもつが、二人で歩いたとしたらきっとみんなよけると思う。なんか顔が濃すぎる二人であざとくなるはずだ。
さて彼女がどのくらい美人かというと、仕事で金沢へ行ったところ、空港でひとりの男が色紙を持って追いかけてくるではないか。
私のサインが欲しいのね。そうかあ、私って地方でも人気があるのね……。
と色紙を受け取ろうと手を出したところ、彼は私を素通りしてHさんのところへ行くではないか。こんな美人がシロウトのはずはない、きっと女優さんかタレントさんかと思ったらしい。
が、彼女は筋金入りのキャリアウーマンなので、きっと睨《にら》みつけて男を追い払った。
そのHさんが、昨日うちに来てくれた。私が体調を崩していることを心配してくれたのだ。果物を籠《かご》に詰め合わせたのを持ってきてくれたのだけれど、中にヨーグルトとラズベリー、ブルーベリーが入っていた。
「ヨーグルトにこれを入れて召し上がってくださいね」
白いヨーグルトの上に、紫と赤の果実がとても綺麗。おいしくてしゃれた朝食となった。
「Hさんって、持ってくるお土産もしゃれてますよねえ……」
と、うちの秘書も感心していた。
私が大人になり、心の広い人間になったなあとつくづく思えるのは、美人の美点を素直に受け入れられるようになったことだ。
美人は得だ。美人ばっかいい思いをしている。美人なんか何さ。美人は敵だわよ……。
といきりたつ女にならなかったのは、私の何という幸福であったろうか。もっとも才能もなく、努力もしないくせに、いい思いばっかしようとしている中途半端な美女モドキは、今も大嫌いだけどね。その件は、また別の時に……。