久しぶりに柴門ふみさん、テツオというゴールデントリオ(!?)で食事をした。
このメンバーだと、話はどうしても芸能界のことになる。私と柴門さんはほぼ同じワイドショー、同じ週刊誌を見ているので、話はツーカーで通じるのだ。私と柴門さんは、先日ある賞の選考会で、秋元康さんと一緒だった。石橋貴明さんと鈴木保奈美さんとの結婚が発表されたのは、次の日のことである。
「秋元さんって、あの時にもう仲よしのイシバシの結婚を知っていたくせに、何も言わなかったのね」
と柴門さんはとても口惜しがっていた。
柴門さん原作の「東京ラブストーリー」でブレイクした保奈美ちゃんであるが、柴門さんはこれといった印象がないそうだ。番組の記者会見の時も、対談の時もとてもおとなしかったという。
「やっぱりもう、中山美穂しかないよねー」
とテツオ。撮影に立ち会って実物を見て以来、あまりの美しさに頭がくらくらしたんだそうだ。
「でもあの人って、昔あのアイドルだったTとつき合っていて、ハワイ旅行にも一緒に行ったんだよ」
と私が言うと、彼はとても怒る。中山美穂という名前を言うと、年増の女は必ずそのことを指摘する。女の底意地の悪さを感じるそうだ。
「今だったら、藤原紀香の時代でしょう」
私は言った。私は紀香ちゃんのファン。ドラマ「あきまへんで!」は毎週見ているし、ファッションだってちゃんとチェックしている(チェックしても、どうにもなるもんじゃないけれどさ)。
「うちの娘も、紀香の大ファンよ。�あの人、何から何まで大好き�っていつも言ってる」
柴門さんには高校生のお嬢さんがいるのだ。
「オレがわかんないのはさー」
テツオはイタリアンワインをぐびぐび飲みながら、首を傾げる。
「うちの�好きな女�アンケートでも、紀香はすごい人気なんだよね。昔はさー、ああいう風に美人でナイスバディの女って、それだけで女に嫌われたもんだけどさー、どうして彼女って同性にあんなに好かれるんだろう。これってすごく新しい現象なんだよなあ」
たまには、編集者らしいことを口にする。
「あれだけ綺麗で、あれだけスタイルがいいと、嫉妬《しつと》する気も起こらない。女はただ、ひれ伏しちゃうんじゃないの」
と言う柴門さんに、
「じゃあ、斎藤陽子はどうなんだよ」
とテツオ。
「女は紀香が大好きだけど、斎藤陽子のことは嫌いじゃん。だけど男のオレから見ると、どっちも美人でスタイルがよくて、どこがどう違うんだろうと思っちゃうんだよなあ。これって、不思議でたまんないよ」
「全然違うわよ」
私と柴門さんは口を揃えて言った。
「斎藤陽子って、いかにもオヤジ仕様。オヤジに向かって媚《こび》を売ってるの、ひと目で女は見抜くわよ」
「だけどさー、紀香だって男はみんな好きだぜー。色っぽいと思ってるよ」
私たちは、しばらく沈黙した。これって、ものすごくむずかしい問題だ。紀香と陽子、確かに差異を口にするのは困難である。決定的なことをうまく表現出来ないのだ。でもこれって、女性の魅力の根源にかかわる重要なことではなかろうか。私と柴門さんは、うーんと苦悩した。
「これって、知性という問題ではないでしょうか」
私は、おごそかに口を開いた。
「女っていうのは知性っていう言葉の取り扱いに、とても敏感でむっとくるものなのよね。紀香ってとても頭のいいコなんだろうけど、おリコウぶったり、それで売ったりはしない。スタイル抜群で、美人っていう役割に徹している。そこへいくと斎藤陽子って、欲張り過ぎたのよね。美と知性って、二段構えで売ろうとした。男のマスコミも、それで持ち上げた。だけど世の女にしてみれば、わけのわかんないアメリカの大学に留学して、信州の地方アナだったぐらいで、知的って言われちゃたまんないっていう気持ちがあるわけ。あんなレベルで知的なんて、とんでもないっていう反発があるんじゃないの」
「ふうーん、女って本当におっかないなあ」
テツオはため息をつく。
「それにさ、斎藤陽子って選ぶ男がよくない。金持ちのディーラーとか、熊川哲也とか、バブルっぽい男ばっかりなんだもの。女って、よく見てるからね。その女が選ぶ男で、どういう人生をめざしてるか、すごく見抜くのよ」
柴門さんも鋭いことを言う。
が、私は斎藤陽子さんにかなり同情的なの。バブルがはじけてからというもの、彼女のような「上昇志向の強い女」というのはとても嫌われる傾向にある。菅さんの不倫相手と噂される女性しかり、BS波とか地方局から出てきた女はそれだけで、「野心が強い」というレッテルが貼られる。が、みんながみんな、恵まれたスタートを切るわけではない。そのハンディを乗り越えようと頑張る女がいる。私もそのひとりだ。もしかすると、女たちは斎藤陽子さんに近親憎悪的な思いを、抱いているのかもしれない。けれども、彼女の容姿はとても手の届かないところにある。だから「ヤナ女」というひと言で、すませようとしているのだ。