パックをするのはとても楽しい。
白やグレイのものを塗りたくっておいて、遅く帰ってきた夫を、わっと驚かすという手もある。そんなことよりも、じわじわと肌に栄養分がしみていく感じが、キレイになるという手ごたえがある。
最近私が気に入っているのは、マスク式のベロッと剥《は》がすやつ。塗るタイプもいいが、あれだと気軽に出来る。が、私はある日重大なことに気づいた。マスク式パックには、目と鼻と口の三ヶ所が開いているが、私がつけると右目が半分かぶさってしまう。そこで少し右に寄せると、今度は左目が半分見えなくなる。つまり私の目の位置と、パックの目の位置とは全く合っていないのだ。言いたくはないが、私の顔の幅、および目の離れ方が標準外ということになる。
しかし私は、これをパックのせいだと思っていた。私が愛用しているのは、マックス ファクターのSK─㈼である。アメリカ製だ。
ということは、アメリカ女性の顔のサイズに違いない。グウィネスとか、ジュリア・ロバーツといった顔の女が使うのだ。私に合わなくても無理ない、仕方ない……。
が、友人たちはそんな私をせせら笑った。
「バッカみたい。日本で売るんだから、日本人のサイズにしてるわよ。だいたい、あのパックが顔に合わないなんて話、聞いたことない」
ということは、私の顔が規格品はずれということであろうか。
そういえば、合うサングラスがなかなか見つからない。目がグラスからはみ出してしまうことがしばしばだ。
以前もお話ししたと思うが、夏が近づくとサングラスを買うのが、私のならわしである。必ず買う。このあいだ片づけものをしたら、ほとんど使っていないサングラスが四個も出てきた。ぜーんぶブランドものである。もったいないといえば確かにもったいないが、水着と同じで、サングラスも昨年のものと微妙に違うのだ。
さてグッチの青山店が出来たので、さっそく見に行った。不景気なんてどこの国の話かと思うほど、ものすごい人である。まるでマクドナルドみたいに人が入ってくる。学生服の男のコたちも数人でやってきたが、いったい何を買うんだろう。
夏のバッグをひとつ買い、ウインドウに目をやると、ブルーの素敵なサングラスが飾られていた。私は長年のカンで、そのサングラスが自分に似合うか、というよりも目がはみ出さないかということが一瞬でわかるようになっている。そのサングラスをかけてみた。大丈夫。OK。
昔、ジョン・レノン型グラスをふざけて友人から借り、その場でかけたところ、みんなしーんとしてしまった。まるで私が悲惨な悪ふざけをしているように思ったのだろう。よって私は、あのテの丸グラスは絶対にかけない。グッチで買ったそのサングラスは横に長く、目がはみ出すことはなさそうだ。
さっそく家でかけてみたところ、
「派手ですねー」
秘書が言った。
「ハヤシさん、まるで芸能人みたいですよ。すっごく目立ちます」
それはそれでいいけれど、グラスを派手にすると洋服が合わなくなってくる。もうちょっと流行っぽいものにしようかとあれこれ考える私である。
まだ早春と言いたい頃の表参道で、コートをなびかせている女性が、さらっとサングラスをしているさまはとてもカッコいい。ついこのあいだは、真っ白いTシャツにジャケットというスタイル、ジョン・レノン型グラスをしている人がいたけど、これまたいい感じ。
反対に、嫌いな女がサングラスをしていると、不快さが三倍にも四倍にもなるから不思議である。私は世間の人が思っているよりもずっと穏やかな性格で、それほど人の好き嫌いがない。けれどもむかつく人は何人かいる。
ある日、オペラを観に行った時のことだ。それはビッグ・イベントで、宮さまとか大臣、青島都知事なんかも呼ばれていた。そういうVIPは前の方の席で、係の人に案内され、みなの視線の中、前の席に着く。
ところが彼らよりももっと後に、遅れてやってきたのが「業界一の勘違い女」、A女史であった。自分では超有名人のつもりらしいのだが、たまにワイドショーのコメンテイターをやるぐらいで、どれほどの人が彼女を知っていることであろう。
彼女は係の女性に案内させ、やや小走りで席に着いた。驚いたことにサングラスをし、パンフレットで半分顔を隠しているのだ。オペラをサングラスをして見ようなんて、いったい何を考えているんだ。私も自意識過剰のところはあるけれど、身のほどは知ってるわよ。私は彼女のことをますます嫌いになってこのことを皆に言いふらしてやった。
「その時かけてたのが、ジョン・レノン型のグラスなのよッ、ふざけてるわ」
ジョン・レノン型はよっぽど美人か、カッコいい人じゃなければかけるべきではない。私なんか、特製のものをつくってくれない限り、目がはみ出す、一生かけられない。彼女は私の怒りをますます買うことになった。