今年の流行はなんといっても白だ。グレイを脱ぎ捨て、みんなが白を着始めた。
この私も、冬の間に新作の白を何枚か買った。白いジャケットに白いスーツ、それとルーズウエストのシルクのパンツも素敵よ。
が、私は悩んでいる。この白にどういう靴を合わすべきなんだろうか。うちに何冊も送られてくるファッション雑誌を見てみると、わりと年齢の高い女性向け、ややコンサバ系は黒い靴を合わせている。
「白い靴はコギャルっぽいと敬遠される傾向にあります」
だって。あら、そうなの。けれども若い人向けの雑誌はたいてい白だ。中にはブルーやグレイのデッキサンダルに合わせている例もある。
実はこの私、知り合いの方からプラダの靴を貰《もら》ったばかりだ。シルクのサンダルで色はピンク。ヒールが信じられないぐらい高い。これとシルクの白パンツを合わせてみたいけれども、コーディネイト的にどうなのかしらん。
テツオの意見はこうだ。
「ピンクなら合わせやすいけど、白はやめた方がいい。未《いま》だかつて白一色のコーディネイトが浸透したことはない」
背が高くて金髪の外国人ならともかく、日本人というのは足まで白一色にすることに抵抗があるという。でも本当かな。何年か前、やはりテツオが言った。
「白い靴ぐらいダサいものはない。あんなもんは、履いちゃいけない。夏だってダメ」
そんなもんで私は、新品の白のブランド靴を全部人にやってしまった。うちの靴箱にあるのは、せいぜいが薄いベージュかグレイである。それなのに私が白の靴を捨てたとたん、結構街で見かけ始めた。数年前に比べたらすごい変わりようだ。
が、私はやっぱり今年の春、白い靴を履かないような気がする。テツオに言われたわけじゃないが、やはり白い靴をカッコよく履くというのはとてもむずかしい。ただ白いだけで、三年前のフェラガモのパンプスを履くわけにもいかないし、そうかといって早春に白サンダルに素足というのは、寒くってこの年の女にはつらいわ、つらいわ……。
全く靴一足のことで、どうしてこんなに悩むのかしらん。そんなにお前はおしゃれで、いつもいいカッコしているのかと問われると困るのであるが、やはり私は靴の持つ呪いから逃れることは出来ない。それは何度もお話ししているとおり、私が大足の女だからだ。二十四・五センチなんて、今はそう珍しくないものかもしれないけれど、私はたて長じゃなくて、すっごい幅広の足なのよ。よくファッションメーカーのバーゲンのお誘いをいただく。そこではモデルが一回コレクションや撮影で履いた人気の靴が、それこそ三千円、四千円で売られている。みんな白人だからデカイ。二十五センチ、二十五・五センチなんていうのがざらだ。けれども幅が、悲しくなるほど細い。かかとは余るのだけれども、横はきついという事態になるのだ。
今は大人になり、ちょっとお金持ちになったから靴は何足でも買える。外国ではサイズさえあればいっぺんに五、六足買うという成金っぽいこともする私。けれども若くてビンボーな頃は、いつも同じ靴ばかりだったから、どんどん横に広がり、すごい勢いで醜いカタマリになっていったもんだわ。脱いだ靴というのは、実は脱ぎ捨てた下着以上に女を感じさせるものである。金持ちの友人がいて、彼女は学生時代から高価なシャネルやランバン、ジョルダンを履いていた。おまけに二十二・五センチというきゃしゃな足だ。ヒールも高く、よく手入れが行き届いている。彼女が脱いだ細ーい小さなシャネルの靴は、それだけで綺麗で我儘《わがまま》なお嬢さんという感じ。男だったら、ぞくぞくっとくるだろう。その隣りに並ぶ、スーパーで三千八百円で買った私のローファーの惨めなこと。横へ横へ広がって、よく磨いてないから艶《つや》もない。あれは私自身だったのね。
私は昔からよく気を遣う女といわれ、飲み会の居酒屋でもみんなの散らばった靴をきちんと並べたものだ。あれは私のやさしさじゃないわ。横広がりの靴をすばやく、縁の下のいちばん目立たないところに隠したかっただけ。
誕生日に彼から靴を買ってもらった友人を、それこそ信じられないような思いで見たものだ。
そんな私が結婚相手の条件に、「自分より足の大きな人」を密《ひそ》かに挙げていたのはごく当然のことだろう。男の人とつき合い始めると、すぐに靴の大きさをチェックした。ある時玄関に並べられた彼と私の靴が、そう大差ないとわかった時のショック。
「ねえ、何センチなの」
「二十四・五センチだよ」
わりと小柄な男性で、この場合は初期の段階でやめにした。オットは二十七センチぐらいか。いつも玄関に彼の大きな革靴がどーんと置いてあるのを見るのは、わりと幸せな気分かも。マンションの外にちょっと用事がある時、子どもみたいにぷかぷかのそれを履いてみる。なんか自分がすっごく可愛い女になったみたいな気分になっていい感じ。
私が白の靴を好きじゃないのは、足がすごく大きく見えるからかもしれない。それにいつもピッカピカにしておかなくてはならないというお約束もある。白をカッコよく履いている女の人を私はほとんど見たことがない。白はコワイぞ。本当だよ。