新進料理研究家デビュー
今日久しぶりにテツオに会ったら、
「すっげえ痩《や》せたじゃん」
と驚いていた。あの口の悪い男でさえ、私の頑張りぶりには驚いたのである。
この三ヶ月間、私はフランス料理を習うということとダイエットとを同時進行させていたのだ。我ながら本当にえらいと思う。
ル・コルドン・ブルー日本校では、フランス人のシェフが三品つくってくれ、それを試食する。次の日にその中のメインの料理を、自分で調理するというシステムだ。
「ソースを注意深く味わいながら、同じ味に近づくように考えなさい」
とシェフは言う。だから私は食べる。が、デザートには絶対に手をつけなかった。おいしそうなタルトタタンや、ムースが目の前に出されても他のコにあげた。これを一ヶ月続けたら体重はそんなに落ちなかったが、体操のせいでパンツの太もものあたりがすごくゆるくなった。顔もほっそりしてきた。すごく嬉《うれ》しい。やはり私のような性格の者は、他人に監視され、叱られるという方法が効くようである。
さて私はダイエットにもハマったが、料理にも完璧《かんぺき》にハマった。私は料理を習おうと思った時、まず考えたことがあった。それはお総菜がどうのこうの、とかいうビンボーたらしいのはイヤッということである。そんなのはさんざんうちでつくっている。私が望むのはゴージャス路線よ。そお、料理の叶姉妹。夫を驚かせ、友人たちの目をむく非日常的料理だ。だから私はかの映画「麗しのサブリナ」において、オードリー・ヘプバーンが習いに行ったパリの名門校を選んだのだ。
ここでつくったものは確かに非日常的料理であった。ブランケット・ド・ヴォー、アシエンヌ風、ピラフ添えとか、仔羊《こひつじ》のナヴァラン、プランタニエ風とか、平目のフィレとか舌を噛《か》みそうなものばかり。こういうものはものすごく手間暇かかる。やっとソースが出来上がったと思うと、パッセ(濾《こ》すことね)してさらになめらかにするとか、鍋《なべ》と時間をやたら使う。大雑把の私は最初の頃、頭がおかしくなりそうだった。なぜなら食器洗いが大嫌いな私なのに、流し台の中に信じられないほどボールや鍋がたまっていくんだもの。
が、人間やればやれるもんです。この頃の私は、肉をオーブンに入れている間に、ささっと洗い物をするようになったのだ。
さて、私のフランス料理修業、お披露目の日がやってきた。うちで十数人招いてパーティをすることになったのだ。私はキッシュとローストビーフを焼くことにした。スーパーへ行き、ランプ肉を二キロ買ってくる。二キロというとずっしりと重い。それを調理台の上に拡げ、私はしみじみと感慨にふけった。
私はこの二週間で二キロ痩せている。たった二キロと思ったけれど、こうして肉にしてみればすごい量じゃないか。ものすごいかさ高さじゃないか。これだけの肉が私の体から消えていくって、やっぱり偉業としかいいようがない。
さて、この肉を焼いた後、ニンジン、玉ネギ、セロリを四角く切ってハーブと一緒に炒《いた》める。これはミルポワといって肉に風味をつける作業ね。これと肉をオーブンに入れ、あとは煮汁を野菜にからませおいしいソースをつくるわけだ。
その合い間にキッシュをつくる。小麦粉とバター、玉子をこねて生地をつくっていく。今までキッシュというと、冷凍のパイ生地を使っていたけど、もうあんな手抜きはしないわ。このやり方は簡単で、キッシュのおいしさがまるっきり違うのだ。
キッシュの縁だって、ちゃんと道具を使う。二百円で売ってるピンセットのようなものではさめば、ちゃんと飾りの縁が出来る。ベーコンにチーズ、玉子と生クリームを混ぜたものを流し込み、オーブンで二十五分。とてもよいにおいがしてくる。ホントにおいしい。
友人たちは、
「わー、プロみたい」
と感動していた。が、それよりももっと皆をびっくりさせたのは、オーブンからローストビーフを出した時ね。
「自分のうちでこんなものを焼くなんて!」
と絶賛の嵐だったわ。そうそう、油っこいもんだけじゃナンだと思って、この他にもいろいろ用意してある。中でも自信作はベトナム風生エビのサラダだ。これはマガジンハウスに寄った時|貰《もら》ってきた、『タイとベトナムのごはん』(平松洋子監修)の一品。生のエビを用意し、それにベトナム風のソースをかける。私は以前からヌクマムが大好きなのだが、これはそれにレモン汁とミントの葉を刻んだものを入れる。口の中がさわやかになる一品だ。
これも大変な好評であった。
そーよ、私はダイエットとショッピングだけにうつつを抜かしているのではない。こういう風に人を喜ばせるのも大好きなんだ。
「聡明《そうめい》な女は料理がうまい」という本が昔あったけれど、やっぱりさー、いい女と言われるからには、料理ぐらいこなさないとねー。今度わが家で着席式の本格的フルコースディナーをすることになっている。その時のテーブルセッティングも見せようじゃないか。今度の「アンアン」の「料理特集」には、新進料理研究家として出してもらうべく、テツオに頼んでおこう。