命短し、痩《や》せろよ乙女
食べないことの言いわけにしていた「春のダイエット週間」も終わり、今や季節は初夏に突入している。が、私のダイエットはまだまだ続く。
普通ならとっくに終わっている(挫折《ざせつ》している)ところであるが、ご存知のとおり今は週に一度、指導してくれる先生がうちにやってくる。授業料も先に払ってある。やめようとしてもやめられないのだ。
私は頑張っている。こんなに長く続いたダイエットは初めてだ。まわりの人たちからも、
「ハヤシさんって意志が強かったのね」
意外だわと誉められる。
しかし肝心の体重であるが、前の週は一キロ減っていたかと思うと、今週は〇・六キロ増えている。昔の演歌ではないけれど、
「三歩進んで二歩下がる」
という感じ。この空しさをどう言ったらいいのだろうか。ダイエットの先生は言う、
「ハヤシさんは便秘がひどいから体重が落ちないんです。もっと水分を摂らなくてはいけませんよ」
以前にもお話ししたとおり、私は�水飲まないっ子�である。缶のウーロン茶やドリンクも、最後まで飲み切ったことがない。食べ物はすごい勢いで食べるのに、水はいつもちびちび飲んでた。それが長年にわたっての便秘になるんだと(ビロウな話ですいませんねぇ……)。
私は悩む。いろいろ考える。が、先生はさらに忠告する。
「神経質になると、そのストレスからますます体重は減りませんよ。ダイエットのことはすっかり忘れて日常生活をおくる。だけど食べ方は実践する。これが大切なんです」
が、二ヶ月にわたるダイエットのストレスは、もはや私の身体を蝕《むしば》み始めている。
フラストレーションが起こって、何をするかというとですね、お買い物狂いが始まったのだ。サイズが小さくなったこともあり、お洋服をどっちゃり買う。それもひとつのブランドだけでない。いろんな店に飛び込んで、あれこれ買ってしまう。もう�大うさぎ�状態である。
このあいだはなんと、宝石にまで走った私である。今まで、私は、お洋服やバッグの類はやたら買うが、宝石には手を出さなかった。ああいうのはおばさんのもんだと思ってた。ところがダイヤをちりばめたシンプルなクロスを、見たとたん買ってしまったのである。
なんとか支払った次の次の日、またもやお洋服をまとめ買いした。もう自分でも信じられないような行為に及んだのである。来月には仕事でミラノへ行く。あそこで私がおとなしくしているはずがない。おそらくカードで買いまくることであろう。
そして今日、出かけようとしてリングをはめたとたんびっくりした。体重が落ちると指のサイズも違ってくるのね。今までくすり指にはめていたものがゆるゆるになり、中指にすることになった。これじゃリングのサイズをすべて詰めるか、新しく買い替えなければならない。どれも安物ばかりだからいいけど、何だかムダ遣いの神さまが、
「もっと買え、もっと買え」
とけしかけているような気がする。
思えば私の指はぽっちゃりとしていて、人は「赤ちゃんみたい」とか言ってくれたけど、どんなに長いことコンプレックスになっていたことであろうか。男の人から何も買ってもらえないのだ。
ごくたまにのことであるが、ボーイフレンドが、ティファニーやブルガリの前で「何か買ってあげるよ」と言ってくれたことがある。その時も私は大あわてで、
「私、何にもいらない。本当にいらないの」
と叫んだ。男の人が買ってくれると言ったらリングよね。指のサイズを知られるぐらいなら、その場でくすり指|噛《か》み切って死んでしまいたいと思ったぐらいである。
その昔夫がエンゲージリングを買ってくれると言った時も、一緒に行かずひとりで選んだのもそういう理由があったからだ。だけどこの分では、誰か男の人に何か買ってもらうということも夢ではなさそうだ。
が、今、私のまわりにはそんな男の人は誰もいない。ちょっと前まではヒトヅマといえども、デイトする相手ぐらいはいたのに……。今はときめく人さえもいない。
友人が言った。
「あなたのいちばんのストレスは、実はダイエットしていることじゃなくて、ボーイフレンドがいないことじゃないの」
そう、太っていた時の方がモテていたってどういうことなんだろう。
テツオはいつもの意地悪気な笑いをうかべて言った。
「だってあんた、すっごく疲れた顔してるもん。目のまわりに小皺《こじわ》も増えたしさ……」
ダイエットに励んでも、年齢の壁という大きなものがふさがっていたのね。何をしても空しくなるあの壁。
♪命短し、痩せろよ乙女。赤き唇あせぬまに〜♪
またまた古くさい歌を口ずさむ私であった。