夏の社交シーズンが始まった。
日頃はそっち方面につき合いの悪い私であるが、華やかな場所に招かれることが多くなった。
その日は、プラシド・ドミンゴとサラ・ブライトマンのジョイントコンサートへのご招待。終わった後は「ホテル西洋銀座」へ移動し、イタリア料理のお夜食をいただくことになっている。こういう時というのは、かなりフォーマルな格好となるのが礼儀だ。私はこの種類のドレスを持っておらず、
「いいじゃん、いいじゃん。私は作家だからこういうもんからずれたって」
と居直ることが多かった。みんながソワレを着てくるようなコンサートでも、パンツスーツで行ったりした。ついこのあいだまで、フォーマルは野暮、という図式が存在していたせいもある。が、時代はあきらかにフォーマルに向かって進んできている、という感じ。普段はどんなにカジュアルな服を着ていても、みんな出ていくところはビシッと決める。若い女のコでも、ソワレを楽しんでいる。おそらく別の意味でのカジュアル化がすっかり定着して、フォーマルも軽やかでしゃれたものが多くなったせいもあるだろう。
つい先日、私は久しぶりにダナキャランのスカートを買った。これはオーガンジーが重なっているとても美しいもの。透け加減で足を太ももまで見せるというセクシーさである。これにやはりダナの肩を見せるシルクのブラウスを組み合わせた。サンダルは何足か持っているけれども、これに合うのはない。セレクトショップの人が薦めてくれたのは、なんと八センチのピンヒールサンダルである。これを履くと足がうんと長く見えてカッコいい。
「でも、どうやって歩くんだろ」
おそるおそる足を踏み出したところ、甲のあたりが吸いつくようでなんとも感じよい。これならなんとかいけるかもしれないと思い、買うことにした。
「だけど心配だから、代わりのサンダルは、持って行こうと思うの。その方が安心だから」
とテツオに電話で話したところ、
「その替えの靴を入れた紙袋を、ずうっと持ち歩くつもりなのか」
と聞かれた。なるほどすごくダサい。
「とにかくころぶな、ガンバレ」
と励まされ、私はひとりコンサート会場へと向かった。こういう時、エスコートしてくれる男がいないというのはとても心細い。が、私はけなげに頑張った。八センチのヒールで階段も降り(手すりにしがみついたけど)、人と談笑もしました。
「ハヤシさん、すっごくキレイになったわね」
という賞賛も受け、私はとってもいい気分。が、私は気づかなかった。その会場には、私よりも目立つ派手な女たちがいたのである。そお、誰あろう叶姉妹である(ジャーン!)。かのサイモンさんは、つくづくと言っていたものだ。
「私はまだ、叶姉妹なるものを見ていない。ぜひ一度ぐらいは見てみたいもんよね……」
この私も一度は見てみたい。が、彼女たちの席は、私の席よりも後ろだったので、私の視界に入ってくることがなかった。後で来ていたと聞いて、本当に口惜《くや》しかった。
「でも、あんまりキレイじゃなかったよ。妹の方はまあまあだけど、お姉さんは人工的な感じですごくヘン」
知り合いの編集者が教えてくれた。
「人通りの多い廊下で、ポーズをつけて立ってたけど誰も見ていなかったよ」
コンサートの後、おいしいイタリアンをいただきながら、みなでいろいろお喋《しやべ》りをした。中にカンヌ映画祭の関係者がいて、向こうでの彼女たちの行状を聞いた。うーん、やっぱり誰もが想像していたようなことだ。どこからも招待されていたわけでもなく、ワイドショーを引き連れてきて、かなり強引なことをしたらしい。
私もよくこのページで書いているが、パーティ・ピープルという人種がいる。必ずパーティには顔を出して、そのファッションをチェックされる人たちだ。
「本業はあんた、何なのよ?」
と問いたい連中ばかりであるが、あれはあれでハマるとかなり楽しいかもしれない。毎日キレイにお化粧し、美容院へ行き、新作のドレスを着、マニキュアの色までびしっと決める。あれをしょっちゅう続けたらかなりの美女になれる。
芸能人や有名人になってリスクを負うのはイヤだけれど、「ふつう」の「キレイでおしゃれ」な人レベルの有名人になってグラビアを飾りたい。叶姉妹というのは、こうした女のコたちの願望を、ある程度体現しているのかもしれない。ラクして、ズルして、横入りしても、楽しそうな場所に行ってカメラのフラッシュを浴びたいの、という女のコの夢をかなえたのだ。
いわば期間限定付きのスターであるが、それがなんだろう。いっときでもいいじゃん、楽しい思いが出来れば、と思っている女のコも多いに違いない。
まあ、パーティなんていうのも、いっときのものである。素敵なドレスを着たとしても、シャンパンも明日になれば消え去るものである。が、このはかなさは、とても甘美で楽しいものだ。女が美しくなるために欠かせない多くの要素を含んでいる。仕事をちゃんとしてれば毎晩は味わえないが、たまにはとてもいいものだ。叶姉妹みたいなのを見て、いろいろ考えるのも人生のお勉強。