パリとくればやはりお買い物であるが、今回はとても不調であった。時間がないこともあるが、今の季節、とても商品が少ないのだ。
ジル・サンダーのお店へ行ったら、店員の人が気の毒そうに、
「あと十日したら、新作がいっぱい入ってくるんですけどね」
と言う。パリの友人は、これまた、
「あと半月したら、バーゲンが始まるんだけどねえ」
と残念がる。彼女が言うには、一流ブランドでも信じられないぐらい値引きするんだそうだ。
「最終日にエルメスに行ってごらんなさいよ。ウソーッていう値段になるのよ。このあいだなんかクロコのケリーが二十八万円だったんだもの」
「ええ!? ウソーッ!!」
はしたない声をあげる私。
「本当だってば。私にはとても買えない値段だけど、このまま見逃すのは口惜《くや》しくてね、すぐに目の前の電話から国際電話をかけたのよ」
なんでもバーゲンの最中、エルメスの店の前には公衆電話が何台か置かれるそうだ。
「それで東京の友だちに、クロコのケリーいらない? って聞いたんだけど、クロコはちっとねえ……なんて言われて、また別のお金持ちからは、このあいだ別のクロコ買ったばっかりだって断られたの。お節介の私としては本当につらかったわ……」
聞いている私も、つらい。だけどやっぱり、クロコのケリーって私にはまだおそれ多いっていう感じかな。
同行してくれた女性編集者は、今度はエルメスのバーゲンで旅行バッグが出たらぜひ教えてくれと頼んでいた。
「だけど、お買い物はやっぱりミラノですよね」
彼女は言う。実はこの六月も、スカラ座取材ということで彼女と一緒にミラノを訪れているのだ。あの時、私は爆発した。ダイエットがうまくいき、ツーサイズ小さくなったこともあるのだが、シャネルのお店へ行きイブニングドレスを買った。あの恍惚《こうこつ》感っていうのは何て言ったらいいのかしらん、やっぱりイブニングを買うっていうのは、普通のお洋服を買うのと興奮度が違うのである。
その勢いでヴァレンティノへ行き、やはりイブニングドレスを買い、ワンピースも買ったわ。あの時のエネルギーと、ものくるおしいまでの昂《たか》まりがパリでは出ないのはどうしてかしら。
女性編集者は言う。
「ミラノの方がずっと安くて、品揃えも可愛かった」
それは私も同感である。パリはシャネルにしてもヴァレンティノにしても、なんとなく年齢が上で、マダムっぽいものが多いのだ。それともうひとつ、パリの女性たちに対して、とてもかなわないという感情が、私の買い物欲をにぶらせているのかもしれない。
何回もパリに来ていれば、美人とそうでない人、おしゃれな人とそうでない人との二通りいることがわかる。だけど総じてパリジェンヌは素敵だ。カフェでレストランでつぶさに観察した結果、私は次のようなことがわかってきた。
フランスの女性は小柄である。アメリカ人のような大女はまずいない。しかし体のバランスがよくてお尻《しり》がキュッと上がっている。足が長い。したがって洋服がとてもよく似合っている。
またこれはよく言われることであるが、パリの女性はものすごくセンスがよい。今だとみんな黒っぽいコートにパンツをはき、ブーツを組み合わせている。流行ということもあり、ヒールのブーツが多いようだ。この時、さし色のマフラーやバッグをしているのであるが、これがハッとするような赤だったりえんじ色だったりする。その色と長さが絶妙なのだ。それに髪がプラチナやゴールドだったりするから、もうかないません。私らが茶髪に染めているのがとても空しい……。
ところで前にお話ししたと思うが、久々の大ヒット、パリ在住のA氏である。私はぼんやりと妄想の世界へ入っていく。仕方ないわ、ここはパリだもん。
「あの人、ひと目で年上の美しい人妻(私のこと)と恋におちるの。そして二人は、時々パリでしのび逢《あ》いをするのよ……。つらいせつない恋が始まるのよね……」
「でもB子さん(彼を紹介してくれた人)は、私にっていうことだったんですよ。昨年パリで会った時、私が、独身でいい人いませんかって聞いたら、すごいハンサムを紹介するって……。だから優先権は私にあります」
「何言ってんのよ。独身なんてことは何の関係もないわよ。パリはフリンが自由の国よ」
でも、もしかしたらと、私は不安になる。
「あの人、ホモってことはないかしらねえ……」
「すぐに離婚して、パリに住んでるならあり得ますよね」
心配で、あれこれ相談する私たち。
次の日、車でサントノーレまで送ってくれるA氏。パリのリセに通っている姪《めい》ごさんの話を楽しそうにする。
「随分可愛がってらっしゃるのね」
「ええ、クリスマスの時、長くつき合っている彼女より高価なプレゼントをして、彼女によく怒られます」
フランス人だって。とてもあの人たちにはかないません。譲りましょう、と私は小さくつぶやいたのである。